仮に高校野球でエースで4番として大活躍した選手がいたとします。
彼は当然のようにドラフト1位でプロ野球球団に指名されプロ野球選手になります。
インタビューでプロ野球選手としての抱負を聞かれた時に次のように答えたとします。
「プロ野球選手になってからもエースで4番として活躍できるように頑張ります。」
場内は大爆笑になるのではないでしょうか?
アマチュアならともかく、厳しいプロ野球の世界でエースで4番で活躍出来るスーパーマンのような選手などいるはずはないのです。
プロ野球は実力が率直に評価される珍しい世界です。
他人の手柄を横取りしたり出来ない世界なのです。
そんな世界では長所が尊重され、短所は気にされないのではないでしょうか?
一般にこの国では、長所は尊重されることはなく、短所を克服することを強要されるようです。
「非の打ちどころがない(欠点がない)人物」が尊敬される理想的な人物像とされているようです。
私は2か月前に息子の小学校の卒業式に出席しました。
その時、多くの生徒が不得意科目を克服して進学高校、一流大学に入る夢を語っていました。
私は悲しくなりました。
石原都知事が衆議院議員だったときにとある中学校で次ののような内容の講演を行ったそうです。
「オール5を取るような子が将来なれるとすれば、せいぜい役に立たない役人だ。これだけはだれにも負けないというものを持っていて、それに打ち込んでいるような子が、この国には必要な人材になる。」
しかし、実際の世界では学生は突出した得意科目があったとしても尊重されることはなく、不得意科目を克服することを強要されるだけなのです。
それは、現在の中学入試、高校入試、大学入試の影響によると思われます。
突出した得意科目を持っていれば入学できる一芸入試を行う大学もありますが、入学後に一般の学生と同じように扱われ大半は潰されているらしいのです。
一芸入試で有名私立大に入学したものの芸能活動に専念した方がよかったのでは?と思える元アイドルもいましたね。
20世紀最大の天才と言われたアインシュタイン博士は4歳になるまで一言も言葉が喋れなかったらしいのです。
周囲のだれもが(両親でさえも)知的障害児だと思っていたそうです。
しかし、成長するにつれ数学と物理に関してはニュートン以来の数百年に一人の天才と認められました。
天才と認められてからも、国語の能力は小学校低学年レベルだったそうです。
アインシュタインが現在の日本に生まれなくてよかったですね。
ところで、日本に来た外国人(米国等)の中にはホームレスの人達が新聞を読んでいるのを見て驚く人が多いらしいのです。
彼らの国では、新聞を読めるほどの能力と意欲のある人がホームレスになることなど考えられないのです。
日本の大学教養部までの教育の特徴は得意なものを尊重して伸ばすのではなく、不得意科目を克服することを強要しているのです。
そのような教育は、そこそこ優秀な100人の凡人を育てるために世界を変えられる1人の天才を潰しているようなものです。
それは共産主義の特徴なのです。
この国の国民は「共産主義」という言葉を忌み嫌っているのに共産主義に染まっている変な国なのです。
新聞の読めるホームレスを何万人も輩出するよりも、歴史を変えられる天才を数人輩出するような国にした方が良いのではないでしょうか?このご時世。
「エースで4番」を目標にしているような超一流選手などいるはずはないのですよ。