六稜会館 | だから構造家は、楽しい

六稜会館

高校の同窓会がありました。

15年ぶりの再会。
懐かしい人も多く、幹事さんたちも頑張ってくれ、楽しかったです。


同窓会の会場は、数年前に高校の敷地内に完成した

六稜会館

という名の同窓会館。


会館外観2


会館外観

卒業生から3億の寄付金をつのり2003年に完成しました。


ちなみに会館の設計は卒業生でもある竹山聖(85期)さん。

高校・大学ともに先輩後輩の間柄というわけですね。


構造は、今川さん(TIS&Partners)です。

D51(直径51ミリ)という超極太の異径鉄筋を使い「鉄筋なので曲げが容易」という名言が話題になった建物でもあります。


2003年完成の建物ではありますが、どちらかというと”90年代チック”な、強烈な幾何学が支配するコンクリートの塊です。


僕自身、寄付をした一人、つまりは施主の一人、なわけで、

完成当初、


「あぁ、こんなもん、作っちゃって」


と思っていました。


しかし、今回、同窓会の会場としてこの会館を利用してみて思ったことは、

うちの高校のような、伝統が重くのしかかり、いわばエリートとしての色々な期待・重圧を受けながらその後の人生を一所懸命に歩んでいる卒業生たちを受け入れる器としては、なんとなくデザインされた薄っぺらな今風の建物よりも、こうしたシンボリックな強い形態の方が確かにふさわしかったのだろう、と。


雑誌発表されている写真だけで、どうこう勝手に思っちゃ駄目ですね。

やっぱ、建築は実物を体験しないと。


反省です。

ちなみに、

D51を使うような厚いコンクリートの塊を浮かせる、という強烈な建築コンセプトを実現させるわけですから、構造は相当な無理を強いられていました。


写っている柱は耐火被覆込みだとは思いますが、かなり極厚のH鋼のようです。


柱


阪神大震災時には校庭が液状化したような場所なので、杭の設計なんかは相当に大変だったろうと思います。



同窓会の終了後は、これまた新しくなった校舎の見学へ。


これまた強烈なコンクリート打ち放しの校舎でした。


中庭


旧校舎の残影は、米軍機による機銃掃射の跡が残る一部を保存しているのみでした。


旧校舎保存壁

その下には、空襲で命を落とした生徒を偲ぶ殉難之碑。


殉難之碑


手塚治虫さん(59期)も、その時期にこの校舎で学んだ一人でした。


どんな思いで青春時代を生きたのでしょうか。


こういう命の積み重ねの上に今のこの時代があるのだということは、年に一度くらいは思い出しておいたほうがよいのかなと思ったりもします。