「なぁ」
「ん?」
「そろそろなぁ」
「うん?」
「貰って欲しいねんけど」
「何が?」
「鍵」
「何の?」
「俺んとこ」
………私はコイツの部屋に行ったことがない。
彼女と会うその部屋に、行きたいとは思えなかったし、呼ばれたこともなかった。
私から誘うこともなく、コイツが自分から来なければ終わる関係。
だと思い込もうとした。
「なんで?」
「彼女と、別れるから…」
「…………そんなん…要らん……」
「別れるから!」
「なんで今?
あっちがダメになりそうだからこっちでいいやとか、そういうこと?」
(こんな嫌な言い方…)
確かに、コイツの幸せを願ってた。
傷が癒えて欲しいと祈ってた。
私と一緒にいることで埋められる隙間があるなら、それで良いと思った。
なのに今は………。
「ちゃうねん…」
「もう、この話やめよ」
これ以上、嫌なこと言いたくない。
こんなの、ただの嫉妬だ。
「好きやねん」
「………………」
「お前のこと、好きやねん」
「そんなん、口先だけなら何とでも「お前が!俺に同情しとるだけやとしても、俺はお前と一緒におりたいねん」
「……なんで…………」
「ほんま今更やんな…
俺、何言うてんねやろ…
ただの、独占欲やん」
私たちが重ねた夜に名前はない。
恋しいとか愛しいとか、言ったことも言われたこともない。
あったのは、気まぐれに体を重ねる夜と、穏やかな朝だけ。
なのにどうして、コイツの言葉にこんなに涙が出るんやろ。
「なぁ」
「………………」
「なぁって」
「………………」
「俺のこと、好きになってくれへん?」
コイツまだ気付いてないのかと若干腹立たしくもなり、俯いた顔を上げたその時。
ぎゅっ。
と力強く包み込まれる体温と鼓動。
抱かれたのは初めてじゃないのに、えもいわれぬ安心感が湧いてくる。
「あの、さぁ…」
「ん?」
「部屋の鍵は、要らん…」
「…」
「けど…」
「けど?」
「だから、えっと…」
今更、先にちゃんと別れて、とか言いにくい。
「ちゃんと別れたら、考えてくれるん?」
そう言うと、私の返事を待たずにメールを作り始めた。
そしてメールを送り終えると、彼女のアドレスを、消した。
そんなことぐらいで、これまでの時間、どんなに彼女を好きか聴き続けた日々を覆せるとは思えない。
でも、嬉しい自分もいた。
「これでもう、お前だけの俺や。
あとは全部、お前次第やねん。
俺の鍵は、お前だけに開くんやで?」
コイツまた何バカなこと言ってんだ。
仕方ない奴。
そう思いながらも、新しい何かが開いた気がしていた。