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star & flower

∞eighter∞



(疲れた~)
画面の前、体を伸ばしてからもう1回、姿勢を正す。


「お疲れ様です」
よく通る声ではないけど、ざわつくフロアでも聞き間違えることのない優しい声。
振り返りもできずに仕事をするしかないけれど、同じ場所にいるというだけで胸が弾む。
それだけで、頑張れる気がする。


「今日も遅いんですか?」
「わっ!」
突然、真後ろから聞こえる声に驚く。
「や、多分、大丈夫だと思うんですけどね…」
平静を装う。
「じゃあこれ、お願いします」
渡された書類の表を確認して、次の仕事の山にそっと置く。
仕事でも会話ができたことが嬉しくて、密かに口元が緩む。


と、
「ちゃんと、見て下さいね」
立ち去ろうとした背中が呟く。


「はーい」(?)
とりあえず返事をして、目の前の仕事を片付ける。
一目見ただけで、頑張れる気がする。



結局あの日以降、何度もあの喫茶店に行った。
元々お気に入りだった場所が、大好きな場所になった。
約束したことはなかったけど、時々、同じ時間を過ごした。
何気ない会話だけど、ただ、一緒に過ごせるあの時間を、幸せに感じていた。


こんな風に時折思い出しながら、仕事の山を一つずつ減らしていくのが日課。





終業時間が迫る。
残る仕事は、さっき渡された、これ。


『ちゃんと見て下さいね』
不意にあの言葉を思い出す。
(なんだったんだろう…)


思いながらも書類を1枚ずつ捲り、仕事を進める。


「お先に失礼します」
帰っていく同僚たちを尻目に、自分の仕事に集中!
(こんな日は、お茶飲みに行きたいな)
なんて仕事の後の穏やかな時間を思い描いて、やる気を出さないと。



楽しいことが待ってると、仕事もサクサク進められた。
ふと、最後のページに遠慮がちな付箋を発見。
『いつものとこで待ってます』
(……………………………………!?)
何度見ても同じことしか書いてなくて、益々訳が分からない。




そこから先は、何をどうしたのか覚えてない。
この後に何が起きるのか考える余裕はなかった。
とにかく、急いでたような気がする。













仕事帰り、いつものカウンターに座ってお茶を飲む。
ぼんやりと湯気を見つめる。


「お疲れ様です」
声の主に目を遣ると、スーツ姿の…
「ここ、良いですか?」
「あ、どうぞ…」


飲み物を頼みながら私の隣に腰掛けた。
「今日も来てはったんですか?ほんまに常連さんなんですね」
「はい、ここ好きなんですよ」
「僕も気に入って、何度か来たんです」
「そうなんですか?気に入って貰えて、嬉しいです」


自分が褒められたわけでもないのに、つい嬉しくて口元が緩んでしまう。
「最近、忙しいですか?」
「?」


そういえば、最近こっちのフロアに来たら声を掛けてくれるようになった。
「まだかかりそうですか?」とか、今みたいに「忙しいですか?」とか。
それでちょっと仕事も頑張れたりして。


「さっき、何度かここへ来たって言ってたでしょ?」
「はい」
「もしかしたら、会えるかなって思って…って何言ってんねやろ、自分、なんかすんません」
(それってどういう…)


運ばれてきたコーヒーを慌てて飲む。
「あつっ!にがっ!」
「え!? 大丈夫ですか!?」
「かまへん、あ、じゃなくて大丈夫です」
急いで冷水を流し込む。
「敬語、じゃなくて良いですよ」
「え? でも自分、異動したばっかだから、先輩相手ですし…」
少し渋ってるけども。
「会社では敬語でも、ここでは敬語じゃなく、普通に喋って下さい」
「そう、ですか?」
ものすごく、不自然(笑)
「今は仕事の時間じゃないですから」
「おっけーで…分かった!」


(ちょっと強引だった?)
でもその後も敬語混じりで喋る姿が面白かった。
その度に焦って言い直して。



「部屋、借りてらっしゃるんですか?」
「おん、そないやねんけど…料理とかでけへんし正直困ってんねん」
「器用そうなのに…」
「それどんなイメージやねんな」


他愛のない会話。
そうしながらも色んなところを見てしまう。
鈍く光る革靴。
さりげなくお洒落なスーツ。
少しだけ耳にかかる髪。
シンプルなネクタイ。
カップを持ち上げる指。


と、そのキレイな指が内ポケットから携帯を取り出す。
「あ、どうぞ」
「ええよ、後でかけ直すし」
「でも…」
「どうぞ」とジェスチャーをすると、チラリとこっちを見て、「ごめんな」。
ちょこんと頭を下げて見せる。
「あ、もしもし? まだ外やねん、後でまた掛け直すわ、おん」
通話を終えて仕舞い直すと、申し訳なさそうに私を見る。

気にしてないふりをする、私。


「そろそろ、帰りましょうか。」
「なんか、ごめんな。ひとりでゆっくりしたかったんちゃう?」
「大丈夫です、楽しかったから…じゃあ、お疲れ様でした」
「なぁ!」
「どうしたんですか?」
「あ、何もないわ…」
「?」
「ごめん、ええねん、ほな、お疲れ様でした」


何を言おうとしたのか分からないけど、深追いはできなかった。
気になるけど訊けない。
ただの、同僚だから。










「はぁ~、終わった!」
つい、声に出してしまった。
大変だったけど、なかなかの達成感。
両手を広げて、大きく背伸びをする。
(どっかでお茶して帰ろ)
帰り支度を済ませてフロアを出る。



「お疲れ様です」
「わっ!」
「そないに驚かんでも…ちょっと、お茶しません?」
「え?あ、良いですけど、どうしたんですか?」
「僕もちょうど今終わったんですけど、帰っても一人やし…
 この辺のお店とかも分かれへんから教えて貰われへんかなって思ったんですけど…
 時間も遅いんで、お茶だけでも、どうです?」


突然のことに驚いたけど、断る理由もなかった…
彼女のウワサが一瞬、脳裏を掠めたけど。
ウワサはウワサ、と自分に言い聞かせた。






10分くらい行ったところの喫茶店。
カウンターで隣に座る。
あまりの緊張に顔が見られなくて。
そのキレイな指先が、カップを持ち上げたり口元に運んだりするのばかりを見てた。


「…………んですか?」
「え?」


指に見とれて聞いてなかった(苦笑)
(馬鹿、自分。)


「家、近いんですか?」
「あ、ここから20分くらいだから、すぐです」


他愛のない話をして、時間は過ぎる。
2人で話すのは初めてなのに嫌な感じがしないのは、人柄、だと思う。


気が付けば、飲み物も殆ど残っていない。


「ちょっとお手洗い、良いですか?」
「ええですよ。」


トイレの鏡で、今更チェック。
(おかしくない?顔、赤くない?)


席に戻ると、徐に席を立つ。
「ほな、行きましょか。」
「あ、お会計…」
「終わってますから大丈夫です」
店主にご馳走様を言い、颯爽と歩き出したから、慌ててついて行く。


「あの、お金…」
「要りませんよ、えぇ店、教えてもろたお礼です。」
「でも…」
「ほな今度、ここでご馳走して下さい。
 そんなんじゃ、あきませんか?」


「え?あ、はい…じゃあ今度…」
「決まりですよ?」
初めて見た、くしゃっと笑う顔。
仕事の時には見たことのない、屈託のない笑顔。


「じゃあ、失礼しますね。」
「送りましょか?って言いたいとこですけど、まだ土地勘ないんですわ。
 申し訳ないです。」
「良いんですよ、大丈夫です。」
「ほな、お疲れ様でした。」
「ご馳走様でした、気を付けて帰って下さいね。」
「自分も、気を付けて。」



一人、浮かれ気分の帰り道。
勝手に顔が緩んでしまう。
(これじゃ変質者だよ…)
頬を両手で叩く。
明日からのパワーを、貰った気分。