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テンチヨウ@杜の都

テンチヨウのブログ
麻雀や日常の無駄話を綴る

嘘をつくのと微妙に違って、麻雀において「口で三味線を弾く」って巧妙に騙す、巧妙に誘導する、って意味なんですね。
 
くちでシャミセンをひく(くちジャミセン)
シャミセン
シャミ(名詞)、シャミる(動詞)
 
といった感じで麻雀界隈ではよく知られてる用語ではないでしょうか。もっともこんな言葉覚えなくてよい環境がベストなんですけどね。
 
ここではその「シャミ」にとられかねない言動を実体験とともに紹介したいと思います。とられかねないという表現は、やはりやられた側が「シャミられた」と感じたらそれは多分シャミなので。嘘と違う点はそこだと思います。
 
明らかな嘘はもう感じる感じない以前に客観的に事実と違うので厳密にはシャミではないんですけど、日常会話で明らかな嘘に対して「シャミってんじゃねーよ(笑)」とツッコむのは麻雀打つ人達の中ではポピュラーだと思います。
 
明らかな嘘というのは
・テンパイしてるのに「テンパイしてない」と言う
・テンパイしてないのに「テンパイしてる」と言う
・ドラ持ってるのに「ドラ持ってない」と言う
 
書いててバカバカしくなりますが、逆のこと言うってヤツですね。これは悪質of悪質でゲームそのものを故意に壊してます。フリーでは一発出禁レベル、友人とのセットでもTPO次第ですが二度と呼ばれないレベルですね。
 
上野で働いていた時「ジャガ」と呼ばれるメンバーが同僚にいました。
ジャガはすごくお調子者でその時も仲の良いお客さんと他のメンバーと同卓してて、トークの流れで「赤が全然無いですわ~」って言いました。
 
その次巡、次巡ですよ
 
放たれた牌にジャガが「・・・ロン」と牌を倒すと
 
タ  ン  ヤ  オ  赤  3
 
さすがに汚すぎる。赤は無いとボヤくことでテンパイすらしていない雰囲気も出てしまう凶悪なダマテン。
ジャガはそんなつもりは無かった、その時は赤は無かったと苦しい言いわけをするもさんざん突っ込まれていました。1巡の間に赤を3枚もツモってこれるわけないのですから。
しかし当時のあの雀荘はノリ重視だったので、なぜか許されて笑い話になって語り継がれていきました。ジャガがみんなから愛されていたという心温まるエピソードでした。
 
・・・なんか言いたいこととズレてしまいましたが、普通はクビです(笑)
手牌に関する嘘は取り返しのつかないことになりますので、やめましょう。
 
 
 
手牌に関することは嘘でも嘘でなくても結局誤解を産み、トラブルの元になるのでどこの雀荘でもだいたいはルール説明時に釘を刺されます。
私が勤務している健康麻雀ではしばしばそのような光景が見られます。楽しむということを一番に置いているウチの健康麻雀ではそこまでうるさくは言っていませんが、みなさん謙虚なニュアンスで「大した手じゃないから気にしないで~」みたいなことをリーチ後や仕掛けた後に言っちゃうんですね。さすがに高い手の時は言ってないんですけど、本当のこと言ってる風なんですけど、それでも結果的に高くなってしまうことはあるわけです。
リーチ後は裏ドラがありますから「安い」と自分の手を評してても裏ドラ3枚で満貫とかになってしまったら、振り込んだ側は「釣り出された」ような感覚になってしまうんですよね。さらに「安い」という基準が人それぞれなので跳満だったとしても「私の中では跳満なぞ安い」と言ってしまえばそれまでです。
 
これだと牌を使った頭脳ゲームというよりは、ただのライアーゲームになってしまい、別に麻雀じゃなくていいでしょってなりますね。
 
 
まあいいんですよ。これらはまだまだかわいいもんです。教科書の1ページ目くらいです。
 
 
発展形としては、言葉だけでなく紛らわしい仕草で結果的な釣り出しを狙うシャミもいくらでもあります。
しかし本人が無意識にやっている仕草等もあり、明確に悪意は無いことがほとんどなんですけどね。
この点は雀荘のスタッフのレベルならそう思われないように努力すべきだとは思います。みんなの模範になるように。お客様のマナ悪を注意した時に「お前だってマナー悪いだろ」と言われないように。
 
 
 
 
再び上野の話に戻しますが、あそこは土地柄けっこう寅さんみたいなおじさんが多くて、なんていうか憎めない古き良き(?)おじさんっていうんですか、そういうのばかりでした。みんなマナー悪かったけど。
私は夜番のマネージャーとして彼らと仲良くしたり、マナーのお願いをしたり、時には揉めたり、日々奮闘していました。
そしてまた、上野の土壌に育まれた1人の初老のおじさんがお店に登場することになります。彼はかなり高度なシャミを使う卓外戦術全般の使い手でした。天性の詐欺師というか、とにかく口が上手かった。
 
その名を「山中」(仮名、敬称略)。
 
山中と当時の常連客「源平」(仮名、敬称略)の対立が起きるのは必然でした。
 
次回へ続く
 
 
麻雀のプロは他の競技やスポーツのプロとは少し違う。これは認めなければならないところです。
 
プロフェッショナルという言葉の意味だけだったら『専門的な職業』や『その職業で生活している』なんですけど、麻雀プロに関しては麻雀だけ打ってても収入はほとんど無く、他に仕事をして団体の会費、リーグ戦や各大会等の参加費を支払い活動をしているのが現状だと思います。
 
Mリーグが発足し、各チームの母体の企業が選手に年俸を払うという一つのモデルが生まれましたが、ひと握りのトップクラスの話です。興行の要素も大きく含んでいて、選手のタレント性だったりチームカラーを考慮した人選が話題になりました。短期戦ゆえに、多少の経験の差や実力差もあって無いようなもので、各企業が興行としての効果を考えた結果の選択だと思います。
 
少なくとも選ばれた選手は「Mリーグにおいてのプロフェッショナル」と認められたということです。またこれも麻雀打つだけということではなく、各チームのファンサービスイベントやMリーグ全体としての企画にも出動します。
 
その興行の視線の先にはいつも「麻雀ファン」がいます。
 
 
 
少し話を戻しますが、大多数の麻雀プロの仕事は
・麻雀とは関係無い普通の仕事
・麻雀店勤務や麻雀店ゲスト
・所属団体の仕事(運営、実況、解説、講師、観戦記等)
・テレビ出演、動画出演
 
こんな感じでしょうか。上位リーグは対局料がいくらか出ている団体もあるとか、少し聞いたことありますが分かりません。
 
このような現状はプロ麻雀界、プロ団体そのものにスポンサーがいない(少ない?)ことに起因します。
 
本来プロと呼ばれている競技者は競技とそれに関わる仕事以外のいわゆる普通の仕事をする必要が無く、その競技やスポーツの研究や練習に集中してより高いパフォーマンスを発揮する、発揮できる環境にある存在です。そのプロ活動を支えるスポンサーはファンへのプラスイメージや宣伝等費用に見合った効果を求める。ここにwin-winの関係があるということです。逆に言うと、ファンのいない競技にスポンサーは付きません。そしてスポンサー無くしてプロは存在できません。
 
プロという表現をあえて避けている団体もあることから、麻雀プロの定義というものは場所によっては変わってくるとも思えます。
 
ファンを獲得するためには質の高い麻雀を見せればよいとたまに聞きますが、それはその質の高さが理解できる層にしか響きません。そのような考え方はどこか閉鎖的で、初心者が敷居の高さを感じる原因になりかねません。
 
競技としての質を高めることと、ファンを獲得することは全く別の課題として語られなければなりません。
 
麻雀プロが本物のプロになるためには麻雀で結果を出せるよう努力することはもちろん、それに加えファンを獲得できるよう努力していくことが大事だと思います。
 
昔、私が勤務していた麻雀店はラス半コール(このゲームで終了するとお店に伝えること)の協力をお客様にはお願いしていましたが、何かが気に食わなかったのかプロの方がラス半コール無しでゲーム終了後そのまま立ち上がって無言で帰っていったことがあります。彼は普段から自分はプロだと言っていただけに、彼がプロだと知っていたがために、余計に残念な気持ちになったことを憶えています。
 
プロと関わった記憶というものはけっこう残るもので、それは上の例のような残念なことも、逆にいい思い出も同じです。
 
麻雀ファンにいい思い出を作ってもらう。麻雀そのものでもいいし、その他の交流でもいいと思います。ファンはそういう思い出を胸にますます麻雀から離れられなくなるのではないでしょうか。
 
 
 
私は仙台の健康麻雀店で働いています。週末の夕方と日曜日はノーレートフリーの営業もしているので、そこには腕自慢の若者達も来店します。彼らと麻雀について、麻雀プロについて話すことも多く、中には麻雀プロになりたいという方もいらっしゃいます。
 
主なプロ団体のほとんどは東京に本部を置いているので、それぞれの団体の頂点を目指すならその団体の東京のリーグ戦に参加するのが自然です。とはいえ生活の基盤が地方にある場合は、東京への遠征に割くリソースがバカにならないという現実的な問題もあります。
 
幸い仙台にはプロ団体の東北本部があったりして、仙台で生活しながらプロとして活動できる環境はあります。また新しくプロ団体の本部、支部が創設されるかもしれません。これからプロを目指す方もどんどん増えていくことでしょう。
 
私の個人的な想いですが、他の競技と意味合いは違っても麻雀界の発展を願い麻雀ファンとともに歩いて行ける方を「プロ」だと私は思っています。麻雀がより大きなムーブメントになるにはとにかく外への発信が必要ですし、またその先には「麻雀ファン」がいてほしい。
 
現在仙台で活動されているプロの方々はゲストもそうですし、私設大会での交流、SNSでの交流などかなり精力的に活動しています。私達麻雀店も新しい麻雀ファンの発掘、麻雀の普及にますます力を尽くさなければならないと日々思うのです。
麻雀は人間対人間のゲーム
飛び交うのは点棒だけではありません
 
例えばあなたは麻雀を打っている時
 
Aさん・・・マナーが良く、あなたも認めている目
Bさん・・・マナーが悪く、あなたは受け入れることができないむかっ
 
この2人と同卓していて、平たい場況でAさんBさんの2件リーチが入ったとします
それぞれの現物はあるが共通は無い場合、ついついBさんの現物に手がかかりませんか?
 
そんな考えを持つ人が多数だとは言い切りませんが、私自身そういう時は多分ありますドクロ
 
そしてこうなるとBさんはツラい
 
Bさんはあなたという「敵」(自分にとって不利に行動する者)を抱えたまま麻雀を打っているわけですから
 
さらにあなたを「敵」であると認識するのは困難です
 
 
と、ここまで勝手に相手によって打牌を変える前提で話を進めてしまいましたが、もちろん感情のブレなど無い方がいいので、なんにも気にしないメンタルが麻雀向きなのは間違いないですが・・・
 
でもやっぱり人間ですから
 
いずれにせよ、わざわざ敵を作るようなことはしなくてもいいと思うのです。いいことは一つも無い
 
普段の言動もマナーも、他人と交わり生きていくうえで大事で。麻雀限定で言うなら基本動作もそう
 
・真っ直ぐツモって真っ直ぐ切る
・姿勢
・発声
・丁寧な動き(点棒の扱い、裏ドラのめくり方、倒牌等)
 
これらを意識して、いずれ身に付けてしまえば敵が増えることはありませんよね、むしろ「味方」が増えていくんじゃないかって思います
麻雀中の「味方」って言うとよくわからないけど、麻雀ライフにおける味方、人生における味方や仲間ってニュアンスひらめき電球
 
私は麻雀を打つにあたって成績・着順ももちろんこだわる部分だと思いますが、また同時に勝ち負けや損得を超えた喜び、交流、新たな発見も麻雀の魅力だと思っています宝石紫
 
味方や仲間がいっぱいで敵は無し、これが無敵ということだと思います
 
「無敵とは敵をも味方に変えること」 ―――― 桜井章一
 
大好きな言葉をここで紹介して終わりにしますぐぅぐぅ