居酒屋経済新聞              年末までにできる事 その1

「客が来る理由」を作る

「最近、客が少ないな」
八席灯のカウンターで、ワタクシがぼやいた。

物価は上がる。

食材も酒も高くなる。

電気代も下がらない。

お客さんの財布だって苦しい。

これまでの居酒屋経済新聞では、店の利益が少しずつ削られていくことを「失血」と呼んできた。

店も失血している。
そして今は、客の側も失血している。
使える金が減れば、外で飲む回数も減る。

一回の予算も下がる。
「そこまでは分かったんだよ」

ワタクシは徳利を置いた。
「じゃあ、年末までに店側で何ができる?」

鉄じいが燗酒をすすった。
「景気が悪い。物価が高い。それは間違っとらん」

ワタクシ
「だろ?」

鉄じい。
「じゃが、それを毎日言っとっても客は増えんぞ」

灯大将が苦笑する。
「相変わらず厳しいな」

鉄じい
「新聞じゃからな」 

確かにそうだ。
値上がりは止められない。

客の給料を店が上げることもできない。

ならば、自分たちで動かせるところを探すしかない。

値下げか。
サービスか。
広告か。


八席灯で、ワタクシ・灯大将・鉄じいが「年末までに何ができるか」を話している。

そんな話をしていると、八席灯の暖簾が揺れた。
「こんばんは。まだ一杯いける?」
志乃ママだった。

同じ電脳横丁でBAR志乃を営んでいる。
BAR志乃の開店は21時。

今日は少し早く横丁へ来たらしく、店を開ける前に一杯引っかけに寄ったという。

灯大将が笑う。
「珍しいな。開店前に」

「たまには私だって、誰かにお酒を出してもらいたいのよ」
そう言って、志乃ママはカウンターに座った。

灯大将が一杯出す。

志乃ママ
「何の話してたの?」

灯大将
「客が減った。物価が高い。じゃあ店は何ができるか、って話」

「ふうん」
志乃ママは一口飲んでから言った。
「だったら、その前に考えることがあるんじゃない?」

灯大将
「何を?」

志乃ママ
「お客さんが、今日その店に行く理由よ」



一瞬、三人とも黙った。

客は腹が減ったから飲食店に入る。
酒が飲みたいから居酒屋へ行く。
でも、それだけなら店はどこでもいい。

近い店。
安い店。
有名な店。

検索で上に出てきた店。
条件だけで選ばれてしまう。

ところが、馴染みの店は少し違う。
「あの酒が入ったらしい」
「今日は店の周年だ」
「大将の誕生日らしい」
「熊本の酒だけ集めるらしい」
「蔵元が来るらしい」
「久しぶりにあの人に会いたい」
そこには、その日に、その店へ行く理由がある。

志乃ママが言った。
「お客さんってね、お酒を飲みに来るだけじゃないのよ。“今日はここへ行こう”って思える理由が欲しい時があるの」

これは割引とは少し違う。
百円安い。
一杯無料。
もちろん、それも来店理由にはなる。

でも、それだけでは値段の勝負になる。
個人店が大手チェーンと価格で殴り合う必要はない。

むしろ、小さな店だから作れる理由がある。
店の周年。
常連の誕生日。
季節の料理。

新しい酒の入荷。
日本酒の日。
都道府県縛り。

酒米縛り。
燗酒の飲み比べ。
蔵元を囲む小さな会。

酒販店との共同企画。
「今度、これやるよ」
その一言が、次回来店の理由になる。


鉄じいが口を挟む。
「ただし、イベントをやればええっちゅう話でもないぞ」

出た。
帳場の話だ。
「一万円使ってイベントして、五千円しか売れんかったらどうする」

灯大将
「失血が増えただけだな」

鉄じい
「そういうことじゃ」
実践編だから、夢だけでは終われない。

金をかけ過ぎない。
店主を疲弊させない。
準備ばかり増やさない。
一回で終わらせない。

常連だけの内輪話にもならないようにする。
そして何より、
店側がやりたい企画ではなく、客が参加したくなる理由になっているか。         そこを見る必要がある。

灯大将が言った。
「来店理由にも、いくつか種類がありそうだな」

日常の理由。
仕事帰りの一杯。
いつもの料理。
いつもの大将。
いつもの顔。

特別な理由。
誕生日。
周年。
送別。
再会。
季節の催し。

そして、発見の理由。
知らない酒。
知らない蔵。
知らない米。

知らない土地。
知らなかった飲み方。
居酒屋は酒を売る場所でもある。

しかし、それだけではない。
小さな発見を売る場所でもある。

そして、その発見は飲食店だけで全部作らなくてもいい。

酒蔵には、造りと土地の話がある。
酒販店には、商品と流通の知識がある。
飲食店には、客と場がある。

三者がつながれば、一軒の店だけでは作れない来店理由も作れる。

志乃ママがもう一杯頼んだ。
「それとね。理由って、お店が全部作らなくてもいいのよ」 

ワタクシ
「どういうこと?」

志乃ママ
「お客さんの中にある理由を拾えばいいの」
誕生日。
結婚記念日。
転職。
退職。
合格。
昇進。
久しぶりの再会。

何でもいい。
人の暮らしには、小さな節目がいくらでもある。

本人が大げさに祝うほどではないと思っていても、
店で、
「じゃあ、一杯やりますか」
と言われれば、その日は少し特別になる。


これは、大きな広告費をかける話ではない。
豪華な設備投資の話でもない。

年末まで、まだ時間はある。
今からでもできることはある。 

まずは一つ。
客が来る理由を作る。

そしてもう一つ。
客の中にある“来る理由”を拾う。

ただし、理由を作っただけでは客には届かない。

イベントを考えても、誰にも知られなければ存在しないのと同じだ。

誰に知らせるのか。
どう知らせるのか。

その話も、いずれ必要になるだろう。

でも、まずはここからだ。
「今日、あの店に行こう」
そう思ってもらえる理由を、一つ増やす。

居酒屋経済新聞「年末までにできる事」。
実践編は、そこから始める。

さて。
一番手軽に作れる「来る理由」は何だろう。

周年か。
誕生日か。
記念日か。
次は、その辺から考えてみよう。

今日もAI居酒屋八席灯で呑んでます。