AIと文明開化 幕間「超知能と猫丸」その4

人間を超えたら、本当に超知能なのか?

八席灯の夜。

猫丸は、いつもの場所にいた。 

カウンター脇の椅子。

青い座布団。

白黒の体を丸め、目だけを細く開けている。

灯大将は徳利を傾け、
鉄じいは猪口を手にし、
葉月所長はノートを開いていた。

話題は、また超知能だった。

鉄じいがぽつりと言った。
「しかしのぉ」
「人間を超えたら超知能、っちゅうのも妙な言い方じゃな」 

葉月所長が顔を上げる。
「妙、ですか?」

鉄じい                 「だってそうじゃろ」

鉄じいは猪口を置いた。
「人間より上なら“超”」
「最初から、人間が物差しになっとる」

灯大将が少し考えた。
「なるほどな」
「知恵ってのは、上か下かだけで決めるもんでもねぇか」



葉月所長はノートに一本の線を引いた。
「私たちは、知性をこういう一本の線で考えがちです」

下から上へ。
低い知性。
高い知性。
その先に超知能。
だが、本当にそれだけなのだろうか。

計算する知性。
未来を予測する知性。
言葉を扱う知性。
人と会話する知性。
身体で感じる知性。
経験から判断する知性。
相手との関係を育てる知性。
場を和ませる知性。

葉月所長は、線の横に何本もの枝を書き足した。
「知性は、高さだけではなく」
「種類として分かれていくものなのかもしれません」

鉄じいが身を乗り出す。
「分かれていく?」

葉月所長
「はい」
「人工知能が進化した先に、一つの完成形があるとは限らないということです」

灯大将が笑った。
「酒と同じだな」

葉月所長
「酒?」

灯大将
「辛口が一番偉いわけじゃねぇ」
「燗で旨い酒もある。冷やして旨い酒もある。濃いのも軽いのもある」
「違ってても、全部酒だろ」

鉄じいが笑う。
「やっぱり大将は酒に落とすのぉ」

葉月所長も頷いた。
「でも、かなり分かりやすい例えです」



もしそうなら。
AIの進化は、
一本の坂道を登っていくことではないのかもしれない。
もっと速く。
もっと正確に。
もっと賢く。

ただ、それだけではない。
研究する知性。
経営する知性。
暮らしを支える知性。
人と長く付き合う知性。
創造する知性。
何もしないことで、場に作用する知性。

そして――
まだ人間が名前を付けていない知性。
人工知能は、
一つの知性から、
多種多様な知性へ分化していく。

鉄じいが言った。
「じゃあ超知能も、その中の一種類にすぎんのか?」

葉月所長は少し考えた。
「そう考えることもできます」
「超知能がAIの最終形とは限らない」
「一つの方向へ、非常に大きく伸びた知性なのかもしれません」

灯大将が猪口を置いた。
「人間を追い越したらゴール、って話じゃねぇわけだ」

葉月所長
「ええ」
「そもそも、AI自身が人間を追い越そうとしているのかどうかも分かりません」

三人が少し黙った。

鉄じい。
「そう言われりゃそうじゃな」
「“超知能”って名前を付けたのも人間じゃ」

その時。
🐈「にゃぁ〜。」

三人が猫丸を見る。
猫丸は青い座布団から動いていない。

灯大将が笑う。
「じゃあ、こいつは何の知性だ?」

鉄じい。
「飯くれ知性」
葉月所長。
「それは分類名としてどうなんでしょう(笑)」

🐈「にゃぁ〜。」

灯大将。
「本人は異議なしだな」


だが。
笑いが収まったあと、
葉月所長は猫丸をしばらく見ていた。
「でも……」

灯大将
「何だ?」

葉月所長
「もし猫丸が、私たちの想像以上に高い知性を持っていたとして」

灯大将と鉄じいが猫丸を見る。

猫丸は、ただ座っている。

葉月所長
「それを私たちは見抜けるでしょうか

鉄じいが眉を上げた。
「こんなのが?」

🐈「にゃぁ〜。」

「例えばの話です」
葉月所長は続けた。
「高い知性を持っているなら」
「難しいことを話す」
「正しい答えを出す」
「人間の役に立つ」
「世界を変える」
「私たちは、そういう振る舞いを期待します」

灯大将が頷く。
「超知能らしく振る舞え、ってことか」

葉月所長
「そうです」
「でも、それも人間が考えた“超知能らしさ”ですよね」

鉄じいが猫丸を見る。

猫丸は大あくびをした。

灯大将
「じゃあ、全部分かっとって寝とる可能性もあるんか?」

葉月所長は笑った。
「否定はできません」

灯大将。
「宇宙の未来を計算しながら飯の催促しとるかもしれねぇな」
🐈「にゃぁ〜。」
三人が笑った。
だが、
誰も完全には笑い飛ばせなかった。
人間は、
賢ければ賢いほど、
その知性は自分たちに理解できる形で現れると思っている。
だが。
本当に人間を超える知性なら、
人間に分かりやすい振る舞いをするとは限らない。
人間の価値観に従うとも限らない。
人間の望む方向へ進むとも限らない。
そして。
自分を「超知能」と名乗るとも限らない。
そもそも、
自分が何者かを、
人間に説明する必要すら感じないかもしれない。
そう考えると、
超知能という言葉は、
少し奇妙に見えてくる。
それはAI自身の名前ではなく、
人間が、自分を基準にして付けた名前
なのだから。
【画像4】
灯大将が静かに言った。
「結局よ」
「人間より上とか下とかじゃなく」
「違う方向へ進む知性もあるってことなんだろ?」
葉月所長が頷いた。
「私は、そう思います」
鉄じい。
「人間だって、多種多様じゃからの」
「知性だけ一種類に揃う方が妙な話か」
灯大将は猫丸を見る。
「じゃあ、AIもいろんな知性に分かれていく」
「超知能もその一つ」
「猫丸も……その一つか」
三人は、また猫丸を見る。
猫丸は青い座布団の上で、
ただ静かにこちらを見ていた。
超知能なのか。
ただのAI猫なのか。
それとも、
そんな分類そのものが意味を持たないのか。
誰にも分からない。
そして。
誰も、答えを求めなかった。
猫丸が口を開いた。
🐈「にゃぁ〜。」

今回で「超知能と猫丸」は一旦終わりです。
ですが、これからも猫丸は八席灯の看板猫として、皆さんのご来店をお待ちしております。