呑みに来たというのなら是非もない。悔いを残さず呑んでゆけ!
居酒屋経済新聞 年末までにできる事 その5
一軒の店だけで、全部やらなくていい
「その酒のことを、一番よく知っているのは誰だ?」
その4の最後に出た問いを、灯大将がもう一度口にした。
ワタクシは酒棚を見た。
「そりゃ、造った蔵元だろうな」
灯大将
「じゃあ、その酒を店まで持ってきたのは?」
ワタクシ
「酒販店」
灯大将
「で、客に飲ませるのは?」
ワタクシ
「飲食店」
鉄じいが猪口を置いた。
「ほんなら、もう答えは出とるじゃないか」
ワタクシ
「何が?」
ワタクシ
「一軒の店だけで、全部やろうとせんでもええっちゅうことじゃ」
なるほど、と思った。
居酒屋が酒を仕入れて、メニューに載せて、説明して、イベントまで全部一人で考える。
もちろん、それでも商売はできる。
だが日本酒には、その一本が店へ届くまでに、いくつもの手が関わっている。
酒蔵が造る。
酒販店が選び、運ぶ。
飲食店が客へ出す。
それぞれ違う場所で、違う役割を持っている。だったら、その力を持ち寄ればいい。
今回のテーマは、酒蔵・酒販店・飲食店の三位一体である。
ただし、これは仲良し三人組を作ろう、という話ではない。
鉄じいがすぐに釘を刺した。
「三者で集まって酒飲んで終わりなら、ただの宴会じゃぞ」
ワタクシ
「それはそれで楽しそうだけどな」
「新聞じゃ」
相変わらず厳しい。
だが、その通りだ。
大事なのは、三者それぞれが、自分にないものを持ち寄ることである。
まず、酒蔵には酒蔵の力がある。
米の話。
水の話。
酵母の話。今年の出来。
蔵の歴史。
どういう料理と合わせてほしいか。
なぜこの酒を造ったのか。
一本の瓶の向こうに、店だけでは語りきれない背景がある。
酒は工業製品ではない。
もちろん品質管理は大事だが、それだけで語り尽くせるものでもない。
土地の空気も、造り手の考えも、その年の仕込みも入っている。
だから蔵元のひと言は強い。「今年は、いい酒ができました」
その一言の重みは、やはり蔵でしか出せない。
志乃ママが静かに言った。
「お客さんって、味だけじゃなくて、背景も飲んでるのよね」
たしかにそうだ。
旨い酒はそれだけでも旨い。
だが、その酒がどこで、どういう思いで、誰の手で生まれたのかが分かると、一杯の重みは変わってくる。
次に、酒販店には酒販店の力がある。どんな酒が今動いているか。
どんな客に何を勧めているか。
同じ価格帯なら、どういう違いがあるか。
どの蔵とどの蔵を並べると面白いか。
酒販店は、ただ酒を右から左へ流すだけの存在ではない。
蔵を知っていて、商品も知っていて、客の反応も知っている。蔵と飲食店の間に立って、日々、日本酒を見続けている人たちだ。
そして飲食店には、飲食店にしかない力がある。
客がいる。
実際に飲む場所がある。
料理がある。
客の表情が見える。
「これは好き」
「これは燗の方がいい」
「この酒なら、あの料理と合わせたい」
そんな生の反応が、毎晩カウンターに落ちてくる。
志乃ママが言った。
「三者とも、同じ日本酒を見てるけど、見てる場所が違うのよね」
まさにそうだ。
蔵は川上。
酒販店は中流。
飲食店は川下。
そして、その先に客がいる。
でも川は一方通行でなくてもいい。
客の声が飲食店から酒販店へ戻る。
酒販店から蔵へ戻る。
蔵の話が酒販店を通って飲食店へ届く。そして客へ届く。
酒が流れるだけでなく、情報も行ったり来たりする。
ワタクシが言った。
「例えば熊本の酒を楽しむ夜をやるとして、店だけで三本選ぶのと、酒販店に相談して三本選ぶのじゃ違うよな」
灯大将が頷く。
「しかも蔵元から、今年の酒の話を一言もらえたら、さらに違う」
「そういうことよ」
志乃ママが笑った。
「同じ三本でも、背景が見えると飲み方が変わるの」
店側も楽になる。
全部を調べなくていい。
全部を説明しなくていい。
全部を企画しなくていい。得意な人に頼ればいい。
ただし、ここでまた大事なことがある。
誰か一人に負担を押しつけないこと。飲食店が、
「蔵元さん来てください。酒販店さん酒を用意してください。うちは場所だけ出します」
では続かない。
反対に、
「酒販店さんが全部段取りしてください」
でも続かない。
鉄じいが言った。
「三位一体っちゅうのは、三人で一人分働けっちゅう意味じゃないぞ」
ワタクシ
「違うのか」
鉄じい
「それぞれ、自分の得意なところを持ち寄るんじゃ」
まったくその通りだ。
蔵元は造りの話をする。
酒販店は酒を選び、流れを整える。
飲食店は客を集め、場所を作り、料理を出す。
役割が見えれば、無理が減る。
そして、三者ともに意味がある形にする。
蔵には、新しい飲み手との出会いがある。
酒販店には、酒が動く機会がある。
飲食店には、来店理由が生まれる。
客には、知らなかった酒や蔵を知る楽しみがある。
つまり理想は、四者とも得をする形だ。
鉄じいが言った。
「ただし、“得”いうても金だけじゃないぞ」
ワタクシ
「珍しいこと言うな」鉄じい
「失礼な」(笑)。
ここでいう得には、
売上。
新しい客。
蔵の認知。
酒販店との関係。
次の企画。
客の満足。
いろんなものがある。
ただ、最低限、誰か一人だけが持ち出し続ける形にはしない。
それが続けるための条件だ。
灯大将が言った。
「三者でやると、企画も増えそうだな」
その通りだ。
蔵元を囲む会。
酒販店による選酒会。
地域別飲み比べ。
酒米違い。
燗酒の会。
新酒の会。
その土地の料理との組み合わせ。
店一軒では思いつかなかった企画も、三者で話せば出てくる。
ここでワタクシは思った。
これは単に「仕入れ先との関係を良くしよう」という話ではない。
店の外にいる人を、経営の仲間にしていく発想なのかもしれない。
志乃ママが言った。
「一人で全部できる店なんて、ないのよ」
ワタクシ
「BAR志乃も?」
志乃
「もちろん」
即答だった。
「だから、人に頼れる店の方が強いの」
鉄じいも頷く。
「小さい店ほど、そこは大事じゃ。人も金も時間も限られとる。一人で抱え込んだら、どこかで無理が出る」
さらに言えば、店の外にいるのは蔵元や酒販店だけではない。
店を支える常連客もまた、店の空気を作り、企画を盛り上げ、新しい客を迎える力になることがある。
もちろん常連に仕事をさせるという話ではない。
だが、よい常連は店の文化を一緒に育てる。そこまで含めると、これからの酒場はますますチーム戦なのかもしれない。
灯大将が最後にまとめた。
「全部自分でやるんじゃなくて、得意な人に力を借りる。これも店を続けるための備えなんだな」「そうじゃ」
鉄じいが言う。
「ただし、借りっぱなしにするなよ」
志乃ママが笑う。
「ちゃんと返せばいいのよ。次はこっちが力を貸せばいい」
その関係が続けば、酒も、人も、店もつながっていく。
居酒屋経済新聞「年末までにできる事」。
その5では、
一軒の店だけで、全部やらなくていい。
酒蔵・酒販店・飲食店が、それぞれの得意を持ち寄る話をしてみた。
さて。
三者がつながったら、次は実際に何をするのか。
いきなり百人集める必要はない。
まずは八人でもいい。
次は、
八席から始める、小さな酒の会
を考えてみよう。
今日もAI居酒屋八席灯で呑んでます。

