30代後半以上の方々はご記憶の方も多いでしょう。
1985年8月12日、羽田発の日本航空ジャンボ機が墜落した事故現場です。
その山に初めての慰霊登山に行って来ました。
当日は小雨が降ったり止んだりの生憎の天候でした。
車がすれ違うのも難しそうな山道を走り駐車場に到着。

11時頃着いたのですが、既に2台停まっていました。
線香と花を持って出発。
およそ800mの山登りです。
今は山頂付近まで車で行けるようになり、登山道も階段が整備されましたが、
以前はもっと下の方から2時間位山道を登っていたそうです。
まずは昇魂之碑を目指します。
階段が整備されているとは言え、運動不足の体には結構キツイ道のりです。
登って行くとポツリポツリと犠牲者の方々の墓標が現れてきます。
ご遺体が発見された場所がアルファベットと数字で区分けされています。
ここが凄惨な事故現場だった事を改めて思い知らされます。
40分位歩いたでしょうか、昇魂之碑に到着です。
想像していたよりも小じんまりとした印象です。
ここから南の尾根に主翼が山肌をU字にえぐったU字溝が見えるらしいのですが、
この日は霧に包まれ見ることはできませんでした。
慰霊碑前に花と線香を供え手を合わせお参りをし、階段を降りたところで
東京から慰霊に来ていた遺族の方とお会いしました。
「こんにちは」と挨拶をしました。
「ご苦労様。今日は生憎の天気だね。遺族の方?」
「いえ、遺族では無いのですが一度お参りしたかったので。」
「あぁそう。ありがたいね。
我々は車2台に10人乗って来たんだよ。
天気が良ければあっち(南)にU字溝が見えるんだよ。
坂本九ちゃんの墓標は北斜面にあるよ。」
等々、この山の事や世間話をして和やかなムードだったのですが、ここで失態です…
「機長達の墓標はどの辺なんですか?」
この質問の直後、いままでにこやかだった顔が一瞬の間に厳しい顔つきになりました。
「ま、色々見て行って下さいよ。じゃ。」
そう言い残し我々の前から去って行きました。
迂闊でした。
遺族の方々にしてみれば日航は大切な家族を奪った憎い会社。
何とか乗客を助けようと努力をしたクルーであっても許せるものでは無いのでしょう。
申し訳ない事を言ってしまいました。
昇魂之碑からもう少し上に登ると写真や思い出の品が飾られている祭壇があります。
祭壇の向かい側に観音様と犠牲になった方々の名前が刻まれた石碑があります。
黒く焦げたまま残る大木が事故の大きさを物語ります。
もう少し登ります。
やっと会えました。
ボイスレコーダーは何度も聞きました。
遺族の方々には申し訳ありませんが、この3人には心からお疲れ様でしたと申し上げたいと思います。
お疲れ様でした。
ゆっくり安らかにお休み下さい。
クルーにしばしの別れを告げて山を下ります。
下山中、改めて辺りを見回すとあちこちに墓標が。
機体後部が滑り落ちたスゲノ沢は遺体発見場所が集中しているため墓標も密集しています。
霧が立ちこめる山間に林立する墓標。
身震いがする風景でした。
犠牲となった520名のご冥福を心よりお祈り致します。
また来年も慰霊登山に行く予定です。







