クラリネット日記帳 -6ページ目

クラリネット日記帳

クラリネットや音楽のことを中心に 日々感じたことを綴ります

久しぶりの更新です

ネタがみつからず サボり癖がついてます



猛暑の中 祖母が旅立ちました

98歳でしたので 大往生といえるでしょう

和やかなお顔でした


祖母は 美人で ちょっとした町の人気者

世話好きで いつも先頭に立って物事に取り組むので

いつも祖母の周りには 人が集まっていました

書道家でもあり

そこそこ有名な書道展の審査員もしていて

定期的に九州に出張する日々だったそうです


通夜には大勢の人が参列してくださり

祖母の人となりが うかがえました


このように書くと

自慢の祖母だったと言えますが

家族は 祖母に対して いろいろ複雑な思いがありました


祖母は 自身がしっかり者なので

息子である私の父のことを

一人前の男として扱わず 子ども扱いするので

そのせいで 祖母と父の間には 深い確執がありました


自身が 裕福な旧家の出身で

生活に困ったことがない少女時代だったのですが

私の亡き祖父は 三拍子そろったタイプの放蕩者で

祖父母の結婚生活は困窮したそうです

そのせいで 祖父とは不仲でした


生活力のない祖父のことを馬鹿にして

やたらに実家自慢する祖母の姿を

思春期の私は 大嫌いでした

今は私も大人になり 祖母のやるせない思いも

多少は理解できるようのは なりましたが



私自身 祖母とケンカして

家を飛び出したことがあります

当時のピアノの先生まで巻き込む

大騒動にしてしまったので

恥ずかしい思い出として 私の中には残っています


原因は 私の結婚観が甘いと祖母に強く指摘されて

私がキレたことなのですが

なんと 当時 私は高校生

結婚なんて まだまだ先どころか

微塵も意識していない歳


後になって 思うには

私が 男性の見た目の格好良さや

結婚への憧れだけで

伴侶を選ぶのではないかと 心配していたようです

自身が 結婚生活では苦労したので

祖母なりの 私に対する愛情だったのか

と 今は思っています

祖母の教えどおり

私はよい人と結婚して 幸せです


火葬場でお骨を拾うときに

親族一同びっくりしたのは

祖母の 骨の丈夫さでした

まるで骨格標本のような しっかりした骨

祖母の強さ バイタリティにスタミナは

身体の丈夫さから来ていたのだろうと

皆 ささやきあいました



エピソードには事欠かない祖母

たくさんの人に 思い出を残して旅立っていきました

マウスピースを新調しました


以前使っていたものが

吹き込む息が詰まるような感覚が出てきたし

コルクが縮んできて 楽器本体にしっくり固定しない

そろそろ買い替え時かな?と思い

楽器店で選定しました


エコ主流の時代

コルクの張り替え修理をすればいいようなものですが

修理もせずに すぐ買い替えてしまうのは

私がバブル時代に大学生だったからなのかな・・


マウスピースの買い替え時には諸説ありあせる

本当は 何が正解かわかりません


音に艶がなくなったら買い替え時だといいますが

そもそも自分の感性だけが頼り・・

なにより年齢とともに自身の能力が衰えているのを

道具のせいにしてしまっている可能性もある


色が抜けてきたら買い替えという人もいます

これは 材質のエボナイトが劣化したら

という意味らしいです

材質の劣化は音にかなり影響するので

これは結構有効な判断基準かも


だいたい使う年数を決めている人も多いです

私は振り返ってみると

だいたい1年半~2年使ったら 買い替えています

音大生の時 4年間で3回買い替えた記憶があるので

そのサイクルが身についているようです


どんなに気に入っていても

いつかは替えなければいけない

そして まったく同じモノは二つとないのが

管楽器のマウスピースですが

愛情を持って大切に扱うのは当たり前としても

「これがないと 吹けない!」 と執着してしまうと

別れがシンドイ・・


まるで レンアイの極意のようですねドクロ



息子が幼稚園児の時分から

私の夫は 大きな病気に罹り

それが原因で

ここ近年は 歩くのも難しく

車椅子での移動が増えてきました


生活全般に手助けが必要で

障害者の認定も取りました


こういう生活は

なにより経済的にかなり苦しいのが

精神に重くのしかかるのは

隠せない事実です



いわゆる 「いいこと言い」 な方たちに

「お金がなくても 将来が不安であっても

家族が仲良く笑って暮らしていれば

きっといいことが・・」

などと言われますが


病人の夫を抱えて

将来不安の 重圧の中

お金もすっからかんなのに

無邪気に笑って暮らせる主婦が

いるんでしょうか?

と ついつい卑屈になってしまいます


でも

息子の13年余りの人生のうち

9年は この状態ですので

息子本人にとっては

当たり前の日常なのか

真正面に現実を受け止めているようです


自分が不幸な境遇だとも

過剰に頑張っているという気負いも

ちっとも思っていないようで

父親の手助けも

嫌がらず 気軽に手伝ってくれます


そんな息子に対して恥ずかしいのですが

私は いまだに 心のどこかに

「夫が病気にならなければ

もっと良い生活をしていただろう」

という 未練があり


友人が家を建てたと聞けば妬み

友人の子供が有名私立小に合格したと聞けば嫉み


こんなことではダメだ

と 理屈では分かっていますが

どうにもならない部分もありました


でも 現実を丸ごと受け止めている息子と接していると

「もし~だったら」 という考え方が

どれだけ自分を苦しめているかが

分かってきたような気がします



私のようなクズから生まれたとは思えない

わが息子


生まれてきてくれて

ありがとう

です