るろうに剣心。 | Keep it simple, stupid.

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ちょい斜め上を見ながら。




二年前、わたしはブログでこんな記事を書いていました。

■静かでやさしい狂気。

今もこの当時の気持ちのままほとんど変わることはないのだけど、ただひとつ言えるのは、剣心がたけるさんにとって特別なひとであるように、わたしにとっても剣心は特別なんだなあということ。

週ジャンを毎週買ってリアタイで読んでいた原作。
時代モノ。しかもうるさがたのマニアがわんさかいる幕末から明治初期にかけての設定。
主人公は一見小柄でたおやかな風貌のくせに三十路。でもめちゃくちゃ勁い。
しかも人斬り。頬にわけありの十字傷。
対峙する敵は皆昔の彼をあわよくば引きずり出そうと躍起になっている。
それは恋。恋焦がれているかのようですよ。皆剣心に恋している。なんてこと。
彼がわざとらしく一人称を「拙者」と語尾を「ござる」と使うのは、彼なりの処世術。
昔の自分を肯定も否定もせず、ただ受け入れて今を生きる術。

そんな緋村剣心というひとをたけるさんが演じる。
演じるというか生きた。二年前その生き様を目の当たりにした。

震えたね。とにかく震えた。震撼した。
漫画の中のキャラクタというのは、やはり漫画の中でこそ生きるものだ。当たり前だけど。
紙の中のことは紙の中で完結し、読む者もまた紙を開き閉じしながらその軌跡をたどることで完結する。それ以上でもそれ以下でもない。

なのに、だ。
たけるさんの器を借りてスクリーンで喜怒哀楽を見せる剣心は、漫画の中のひとだった。
漫画の中のひとなのに、明治十一年の東京なのに、今ここで、目の前で刀をふるっていた。

その衝撃をはるかに超えた衝動、とでも言えばいいのか。続編がもうすぐ公開される。
情動というべきかもしれない。
たけるさんが剣心として生き抜いた日々が結実して目の前に現れる。

やばいヤバイやばいヤバイ。どうしよう。
とにかく、喜ばしい。めでたい。そして無性にお礼を言いたい。
誰にだ。大友監督?大友組さん?ワーナーさん?ああもう誰でもいい。
ありがとうございます。本当にありがとうございます。
そうだね、佐藤健様。あなたにお礼を言いたいのだ。お礼を言われても困るだろうけど。
自分ではない何者かになって人生をまっとうするという生業は、決して楽ではない。
こうやって他人から、それも門外漢から知ったふうな口をきかれたところで、あなたの俳優としてキャリアに何の足しにもならないけれど、緋村剣心という不器用で哀しくてやさしくて、そして美しいひとであってくれてありがとう、なのだ。

抜身の逆刃そのもののあなたに、早く会いたい。