収二郎が切腹し果てて以来、半平太は家に篭って絵を描くことが多くなった。
自分には以前と変わらぬ笑顔で接してはくれるが、黙々と筆を動かす半平太。
修行僧が己に課した苦行をこなすにも似たその姿に、冨はただ見守ることしかできなかった。
奉書紙につい、と筆を乗せながら、半平太は思い出す。
夏の強い日差しの下、無邪気に遊んだ幼き日の友らを。
皆で川遊びや石投げ、棒っきれで剣道の真似事などに興じているときは、一番年嵩の半平太が目配りができるところにいることが多かった。
一頻り遊んだあと、皆道端に固まって各々持参した握り飯で腹ごしらえをする。
と、以蔵の弟の慶次が誤って握り飯を落としてしまった。
途端に慶次は泣きじゃくり、困った以蔵が弟に自分の握り飯をくれてやる。
間の悪いことに、以蔵の腹の虫がぐうと鳴った。
いてもたまらず以蔵は下を向く。
そこへ、
「以蔵」
半平太が竹皮の上に並んでいる白い握り飯を差し出していた。
「食え」
「そ、それはもらえんき」
「そげな腹の虫らあ鳴らされちゃ、わしがおちつかんき」
ほれ、と渡された握り飯を以蔵は含羞みながら受け取った。
「あ、雀じゃ!」
収二郎がおもむろに地面を指さした。
慶次が落とした握り飯を、雀が啄んでいる。
「雀に飯をくれてやったがじゃ。母上がこしらえてくれた握り飯をおまんらは雀にくれてやったがじゃき。雀が喜んじょるのう」
半平太は以蔵にそう云って笑い、以蔵も半平太に笑い返した。
あれはたしか道場を開いてすぐの頃だったか。
手習いで絵を描きはじめた半平太が、一番に描いたのは雀だった。
たまたま顔を見せた以蔵が、半紙に走り描かれた雀を見て顔をほころばせた。
「雀じゃ! 武市さんは何でもできゆう」
すごいすごい、と褒める以蔵。
その素直さがいっそまぶしい。
何もかもが皆愛おしく、そして遠くはかない。
雀の羽に墨を入れ終えた半平太は、深く息をつき、立ち上がった。
すると、坂本家へ出向いていた冨が帰ってきた。
縁側へたたずむ半平太は冨へ静かに訊く。
「坂本家の皆ぁはお元気そうじゃったか?」
「はい、干し椎茸やら茄子やらをいただいてまいりました」
「……そうか」
冨は文机に近づいて、正座した。
「今日は何の絵を描きゆうがですか?」
「雀じゃ」
半平太が冨の傍らに来て、袴の裾をはらう。
「以蔵は、これを描いちょると喜んだがぜよ。……どうしゆうかのう、あいつは」
辻の地蔵の供物をくすねて腹を満たし、泥水を啜りながら、以蔵は京の町を逃げ回った。
路地で息をひそめて追手をやりすごす中、襟巻きで顔を隠しながら以蔵は思い出す。
「武市先生のところへ、皆ぁのところへ帰りたいがじゃ……」
唇をかみしめて己の腕を掻き抱く。
すると、捕物とおぼしき物々しい音がするや否や、以蔵はよろけながら立ち上がる。
行く手に浅葱の羽織姿の剣呑な者どもがいるとは思いもせずに……。