もう少し頑張ってみようか -3ページ目

もう少し頑張ってみようか

いよいよ国民年金がもらえます。
頭と体を鍛えるためにブログを始めました。

6月に息子の結婚の立会いでシンガポールに行ってきました。

 

シンガポールでは、

全てのシンガポール人が結婚する時は登録所に申請し、

公証人の前で各々の立会人を立てて宣誓し

証明書が発行され

二人の結婚が正式に認められます。

その後に日本人は

この証明書でシンガポール在日大使館で登録手続きをします。

 

登録場所はここ

 

 

多民族社会のシンガポールには、

日本人として学ぶべき社会観が

たくさんあるように思います。

 

その中でもことさら、

日本がシンガポールに残した戦争の記憶は

シンガポールの人たちには、

忘れられないまぎれもない事実であること、

忘れられない記憶です。

もちろん

私たち日本人の記憶から消してはならない重要なことです。

日本人の戦争の記憶が希薄になってきている気がします。

シンガポールには多くの戦争博物館があり

学校で生徒たちは日本がシンガポールで何をしたのか

学ぶ機会がたくさんあるようです。

 

昨年の夏の来星時に、前フォ-ド工場だった戦争博物館を訪れました。

中学生くらいの生徒たちが課外授業のように見学しているのを見かけました。

(日本のガイドブックには載っていないようです。)

 

日本人との結婚が、

花嫁のご両親にとって

少なからず懸念となったと聞きました。

しかし、息子たち二人の努力により

少しずつわだかまりは消えていき照れ

家族やお友達皆さんから暖かく祝福され笑い泣き

6月に喜びの日を迎えることができました飛び出すハート飛び出すハート飛び出すハート

そして

プラナカン文化とは、

二つの違った文化が交じり合うことだとも知りました真顔

 

戦後シンガポール国は、未来志向で

日本との関係を明るい将来の中に見すえています。

我が家はこれから

新しくメンバーとなった花嫁そして彼女の家族たちと

お互いに理解を深めていくことになります。

 

登録所での名言

 

 

二人に幸あれハートのバルーンハートのバルーンハートのバルーン

 

 

 

 

 

 

幸いに去年からの石灰沈着性腱板炎の肩の痛みは

だいぶ引いていていますニコニコ

しかし、8キロ強の孫ちゃんの抱っこや、

買い物袋が5キロくらいになると要注意えーん

 

とにかく少しでも肩の違和感や痛みがあれば、

痛み止めは飲まずに、まずEpson salt creamを塗り

整形外科のリハビリで教わった運動をしますグッド!グッド!グッド!

 

一方、夏の間は専らシャワー浴で済ませているので

硫酸マグネシウム温浴は中断し、

マグネシウム不足を補うため、

にがり水(200㏄の水に、にがりを5mmlほど入れる)を

日に2~3回飲むことを心掛けていますグッド!グッド!グッド!

 

こうして翌日には何とか痛みは落ち着くようになってきていますが、

完全な回復までにはもう少し時間がかかりそうなチョキ

 

整形外科で習ったこのリハビリの方法のご紹介ニコニコ

(写真がなくてごめんなさい)

 

まず、痛む肩を下にして横向きに寝ます。

床に沿った脇の下の部分(腕の付け根の下あたりが私のツボ)に

テニスボールを置いてそのまま体重を乗せる。

かなりの痛さを感じるはずですが、この態勢を90秒位保つというやり方ですクローバー

 

最初はかなりの痛みで悶絶状態になるけれどえーん

そのまま静かに呼吸をしていると少しずつ慣れてきます滝汗

肩の痛みがひどい時には、

日に二度位やってみると

肩全体が軽く感じられるように私はなってきています。

加えて、

普段は肩の可動域が少しずつ拡がるような一般的な運動もしますクローバー

 

孫ちゃんが歩けるようになったので

抱っこの時間を減らすことができてすごく助かっていますが、

まだまだだくさん抱っこしたいBammyですドキドキドキドキドキドキ

 

そして問題がもう一つ出てきました真顔真顔

 

腎臓結石が、左に2mm程度のものが2つあり、

5月30日二度目の膀胱炎発症時に泌尿器科の医者から、

「右の腎臓にも結石らしきものがキラキラしだしている。

結石が排出される時の痛みは心臓発作の痛みと同じくらい強烈でドンと来る。

何かあれば、救急車をためらわずに呼ぶように。」とも言われてしまいました。😨

自分では、排尿時の泡ぶくも結石が原因ではないかと気になるし、

石灰沈着性肩腱板炎にも腎臓結石にもマグネシウムの大事さを痛感中。

当分にがり水は欠かせないクローバー

 

50代半ばから骨粗しょう症を気にしてチーズをおやつ代わりに食べていた時期がありえー

カルシウム過多でマグネシウムが不足の状態が10年位はあったのかもしれないと自己分析中真顔

 

ア~ア、なんか爆弾を抱えているような気さえしますチーン

 

近頃の私の万歩計は毎日7000歩は難しいえーので

6000歩で妥協しています。

起き掛けに膝頭の周辺や足の裏の痛みを感じることが増えてきたので、

階段の上り下りは無理せず、適度な加減が必要と見ています真顔真顔真顔

なんでもバランスが大事だってことですね笑い泣き笑い泣き

 

今のところ

自分の不調はどこまで改善できるかいろいろ模索と実験中飛び出すハート

 

写真は先月シンガポールで食べまくったものです。

来星のお話は次回にハートのバルーン

 

 

 

 

 

 

 

やっと実家が売れましたグッド!グッド!グッド!グッド!グッド!グッド!グッド!グッド!グッド!グッド!

 

2011年3月の東日本大震災の翌年に父が亡くなり、

その一年後に一人暮らしをあきらめた母が

妹家族との同居を始めたので、

売却にこぎつけたのは、

実家が空き家になってから11年目の事でしたニヤリ

 

この間、母は愛着があるこの家の売却を望まなかったこともあり、

私の役目は空き家の売却に向けた実家の片付けが命題となっていました真顔

しかし、築67年の実家に置きっぱなしになっている祖父母や両親私たち姉妹3代にわたる

思いの込もった品々の量は想像以上に膨大でしたえーんえーんえーんえーんえーん

 

帰省の度、夫と二人で地域のごみ処理センターに何度通ったかは数知れず滝汗滝汗滝汗

去年は地震の時に落ちてしまったずいぶんの量の重い屋根瓦まで運びこみ、

結果的にはこれが原因で

私は石灰沈着性肩腱板炎を発症してしまったのではないかと思うのですハートブレイクハートブレイクハートブレイク

 

しかし、片付けするのにあたり非常に助かったことは、

生前の父がなぜか大量のゴミ袋を買い置きしてくれていた事と

故郷のごみ処理システムでしたニコニコニコニコ

(母が固定資産税を払っていたので飛び出すハート

 

私に課せられた実家のメインテナンスという役割での極め付きは、

2021年から続いて二度にわたって起きた大地震後の対応でした。

当地は震源地に近かったため結構な被害が出て、

築67年の木造・土壁づくりの家の屋根てっぺんであるグシという部分がずれ、

昨年にはかなりの瓦が落ちてしまって、

外壁、物置の中や床の間、廊下の壁にまでひびが走りました。

それで、実家の風呂場のタイル落下の修理と家の内外のひび割れの修理は、

当然のことながらDIYでずぶの素人の私が担当したのです真顔真顔真顔真顔

また、除草と庭木の剪定は、

帰省中に夫も剪定はさみの使い方が上手になって

二人で協力したからこそできた仕事でしたハートのバルーンハートのバルーンハートのバルーン

 

母が一人暮らしをした一年余りの間と空き家になってからは、

防犯と安全対策で年寄りばかりのご近所には、

挨拶がてらの声かけは欠かせず、それなりの気配りもしてきましたニコニコニコニコニコニコ

 

十年間あまり空き家となっていても帰省するたびに

少なくても一週間ほどの滞在をし、

片付けをしながら故郷の味覚や移り変わる四季の景色を楽しんだりもできましたハートのバルーンハートのバルーンハートのバルーン

 

一昨年には、コロナ渦で出勤の必要のなくなった息子が

「バアバの家に住みたい。」と2021年の大地震後に移住してきましたニコニコ

これは、

なかなか売却に色よい返事をしなかった母への

バアバ孝行になったのではないかと思いましたニヤニヤニヤニヤ 

ところが、一昨年の冬は、例年にない降雪が続きました。

真冬中、毎朝のように

年寄り世帯ばかりの近所の分まで雪かきをせざるを得なかった息子は、

例年には無い雪の多さと寒さに懲りたのと

コロナ渦の収束という変化もあって

二度目の冬の訪れを待たずに、

18か月間ばかりの田舎暮らしに終止符を打ちましたキューン

 

 

 

息子が新天地に向かった2週間ほど経って田舎に初雪が降った日、

二度目の空き家対策をするため立ち寄った不動産屋で

「買取っても良い。」という思いがけない話が出たときに、

私と妹の気持ちが動きましたドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ

 

なかなか終わりの見えない片付け作業に加え、

私たち二人も歳を取り体の不調を抱えるようになってきている中で、

この先いつ売却できるのかという将来の不安を

消ししてくれるという話でしたチョキチョキチョキチョキチョキ

 

最近、実家の名義人である当の母の体調が目に見えて持ち直し、

今なら自力で契約に望めそうだということも大きな理由のひとつでしたニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコ

こうして私たち姉妹は、今が母の家を売却するチャンスという判断をしたのでした。

目の前が急に明るくなった気がしました。

 

バタバタと急な話で、年末年始はあっという間に過ぎました。

築67年の古い家屋の売却でしたが、

不動産屋の買い取りなので大した値は付きませんでしたが、

最後のかたずけや家屋撤去にかかる費用で持ち出しにならずに済んだこと、

とりわけ、93歳になった母は自らの手で契約書にサインして、

67年前に父と共同で買った家の売却を終えたことに安どしつつも

少し寂しさを感じるのが正直なところです笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

母は人生最後に残っていた宿題を完了したことになりますチョキチョキチョキチョキチョキチョキ

 

やったね、おかあちゃん飛び出すハート飛び出すハート飛び出すハート