kenso オフィシャルブログ 「Mrs.KENSO」 Powered by Ameba
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ビチッと!!キティちゃんっ!!

うわぁ。

またこっちは随分とあけてしまった…

待っていてくれた方、本当にごめんなさい。


前回も報告したんだけど、もう一度。


連載は東スポWEBに移りました。

こちらでは簡単なことしか書かないので、ぜひ東スポWEBをチェックしてくださいね


で、もう一つご報告。


KENSOがね、キティちゃんとコラボしたTシャツが出来ました!!!

その名も

ビチッとキティちゃんっ!!!!


試合会場はもとより、羽田空港と鎌倉のサンリオショップで売っています!


親戚の子にあげたら、ふぅん…、って全体を眺めたあとで、

『この《ビチっと!!》がいらない』

と言われました…。


ビチッと宜しくお願いします!!!

東スポWEB に移りました

長らくアップが出来なくて、ごめんなさい!!!


この間、いろんなことがあって…

しかも一つご報告。


まだこれを始めて間もないんだけど、これまで書いていたような内容は、ここには向かないでしょう?


とにかく長いし、深すぎるし。


で、これからは東スポWEBで、連載をすることになりました。


で、こっちも続けようとは思うんだけど…だけど通常のブログみたいなの、うちは苦手なんだなぁ。


日常を公開するってのに、ちょこっと抵抗がある。というか、今日何を食べたとか、どこ行ったとか、そういうのを書いてもさ…とどこかで思っちゃう。


そういえばブログの内容も、欧米では政治や思想に関する内容が多くて、日本はプライベートな内容が多いってデータにも出てる。


確かに欧米の友人たちと話していると、赤ちゃんや子供の顔を公開したり、生活を公開したりして、狙われたり事件に巻き込まれたら大変、って感覚あるもんね。


私もどこかね、人様に忙しい中で読んでいただくからにはきちんと意味があって、なおかつ時間を割いた分だけなにか得られるものを書かなくちゃ、

って思っちゃうの。

…って古いかな、私。


とにかくそういう感覚があるから、なかなか通常の《ブログ》っていう感じの文章が出てこないんだけど、そんな感じで書いていたから、これを読んでくださった中に、

《あなたブログまちがってますよ》

みたいな手紙をわざわざ送ってくださった方もいるの。


わかってないわけじゃないのよ、わかっててあえて長く深く書いちゃってたんだけど…。

混乱させちゃったかなぁ…って反省してました。



とにかくそういうわけで、今後は東スポのサイトで、ビチッと連載として掲載していくので、ぜひぜひそちらをご覧になってくださいね。


で、こちらではもっとプライベートなことを、簡単に載せていこうと思います。


できるだけ、まめに…のつもり。


東スポは週一で更新されるのでぜひ覗いて見てください!!

会津大会

 先日、福島県の会津で試合があった。

 その日は観客動員も二千人を超えて、大盛況。試合もとっても盛り上がり、沢山の声援をいただいたみたいで、普段、試合についてはほとんど口にしない彼も、

『会津はイイっ!今日は楽しかった!!』

 と直後の電話で喜んでいた。


 実は、この会津大会に共催していたのがFCT福島中央テレビ。

 で、これがなんと偶然にも私の古巣。

 福島在住の方にしかわからないローカルな話になるが、当時私は福島中央テレビでアナウンサーとして働いていて、《ごじテレシャトル》という番組で天気予報等々を担当していた。右も左もわからないうちに画面に出始めてしまった状態で、メインの中川久美アナウンサーには手取り足取り基礎から教わった。

 公私共にとても世話になった先輩で、退社後の今もなお、事或るごとに人生相談の長電話に付き合ってもらっている人生の大先輩だ。

 で、今回の大会を担当していたのが、偶然にもその中川アナの旦那様で、これまたFCTの大先輩なのだ。

 

 こういう偶然って、あるんだよね。


 『いやぁ、試合が終わって声をかけられてさ。見たら淳さんだったんだ』

 『淳さん?』

 『淳さんだよ、福島中央の淳さん。久美さんの旦那さんだよ!!!』

 

 KENSOは興奮気味で、私も久々に聞く名前に一瞬呆然としたあと、我に返ってハッとした。

 FCTを退社してから、私はこのご夫妻と共にKENSOの試合を観戦したことがある。当時はまだKENSOが新日本にいた頃で、試合後に郡山で四人お酒を飲みながら、プロレス談義に花を咲かせた。

 気が付けば、あれからもう片手の指では足りない年月がたっている。


 考えてみると、久美さんに最後に連絡したのは半年ほど前だった。あの震災の後、真っ先に連絡したのが久美さんだ。

 あの時の電話でも、現地ではやはり凄まじい現実が巻き起こっていて、切なさと、どうにもできない苛立ちとで胸が痛かった。あれ以来、大変な生活が続いているのだろうと思うと、なかなか電話が出来なかった。

 現地がどうなっているのか、聞くのが怖かったのかもしれない。

 

 試合後にKENSOから連絡を受けた私は、半年振りに久美さんに連絡した。久美さんは相変わらずいたってお元気で、嬉しい限りだったが、さすがのジャーナリスト夫婦は現実を見る目鋭く、

 《自分たちに害がなければそれでよし》

とはいかない。

 ご夫婦は、現地の様々な辛い現実を把握し、悲しみ、考え、訴えていた。それはどれもニュースではぼやけてしまう、現地の人でなければわからない事ばかりで、私もそれを一字一句大切に聞くんだけど、結局久美さんとの言葉の最後にはこんなフレーズがくっついてくる。


 『と言ってもさ、それで私に出来ることなんて、ほとんどないんだけど…』


 私はね、これこそが今の我々に最も必要なことなんじゃないかなと思う。

今の私たちにできることは、これを一時のことにしてしまわないこと。

 つまり、考え続けることしかないと思うのね。 

 確かに政治も政策も、それで変えられるものではないんだけど、そうして一人ひとりが考えて、憤って、訴えていくしか術はない。


 現地では《震災離婚》なんて言葉もあって、被災をきっかけに家族がバラバラになったり、震災で生き残っても、その後の生活で命を落としていく人も少なくない。子供を必死で守ろうとしても、先立つお金がなくて手が打てない母親。若い娘時代にこの福島にいたとなれば、縁談の時に傷になるからと、戸籍を変える為に、本望でなくても大好きな故郷をすてさせられる若い世代。

 だけど、誰も悪くない。みんなパニックなのよ。

 原因は一つ。

 正しい情報が入ってこないから。

 そうしたのは、誰?


 きつい現実でも、最初からきちんと正確な情報を与えてくれればこんなことにはならなかったと私は思う。国も東電も、《後出しじゃんけん》みたいな情報公開で、県民は何を信じていいのかわからなくなってしまったんだから。全ての原因はそこにある。

 それなのに国は動きが遅いし、ようやく保障を始めた東電は、受付でも今なお《上から目線》で

 『ここにハンコをつけ』

とか

 『きちんと領収書をとっていないと駄目だ』

とか。

 

 今回の震災で、私はとても親しかった宮城の親戚を数人失った。福島でも父方の親戚や、古巣の先輩方が苦しい思いを強いられている。

 この震災についてコメントを求められると、KENSOは必ず《代受苦(だいじゅく)》という言葉を引用する。

 これは仏教の言葉で、文字通り《代わりに苦を受ける》という意味。

 福島原発は東北電力ではなく東京電力のもので、現地の皆さんは、私たち関東の人間の電気のためにこんな被害をこうむっている。

 それなのに、こうしていわれなく傷つく人たちの一方で、

 《福島の放射能をうちの県に持ち込むな!!》

と、匿名でメールする心無い人たちも一部に存在する。

 悲しいことだよ。

 そりゃないよ。

 だってさ、よく考えて欲しい。私たち夫婦は、世界基準でものを考える癖があるんだけど、例えば欧米の人たちに、

 『お前ら原発事故があった日本の人間は来るな!』

っていわれたら、この人たちは一体どう思うんだろ????


 だから彼らが感じている苦痛と悲しみは、他人事ではないと捉えて欲しいと思うのね。半年経った今だからこそ、忘れないことが何より大事だと思う。

 そして、支援し続け、考え続けること。

 私たちは世界の中の、同じ日本人なんだから。


 こういう大変な環境のなかで、会津の皆さんがわざわざ会場に足を運び、またあれほど沢山集まってくださったことは、本当に感慨ひとしお。

 しかもその会津の場で大きな声援を全身に受けることが出来たKENSOは、今年一番感動したと、感極まっていた。


 福島の皆さん、本当にありがとう。


 何もできないけれど、これからも私たち夫婦は、国の動きをきちんと把握し、政治を追い、考え、小さいながらも訴えていきたいと思う。

 大切なのは続けること。過去のことにしないこと。

 他人事に、しないこと。

 そうして一人ひとりが続けることこそが、いづれ大きな力になると、私たち夫婦は信じている。



 

 

 


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