どんな親だって久々に連絡があったと思えば家に大量のダンボールが届き
娘が離婚をし、子供を連れて帰ってくれば文句も言いたくなると思う。
おばあちゃんは今日ずっと不機嫌のままだ。

ひとりでさっさとお風呂に入った母は気抜けたのか、しばらくして寝てしまった。
私は布団を取りに階段を降りると台所からトントンと包丁の音が聞こえてきた。

のれんをくぐると白くて大きな冷蔵庫と、きっちりと並んだ調味料と食器棚があり、
おばあちゃんの几帳面さを現していた。
かっぽう着姿のおばあちゃんが晩御飯の準備をしている。
隣の居間ではおじいちゃんがはんてん姿でこたつに入ってテレビを見ていた。

声をかけようかためらっていたらおばあちゃんが後ろを振り返り私に気がついた。

「あんれどうしたの?」

『お母さんが寝ちゃったので毛布を取りに来ました。』

「はー全くあの子は・・・・。」

おばあちゃんは眉間にしわをよせて、布巾で手を拭いた後、
ぶつぶつ言いながら寝室へ行ってしまった。

私も手伝おうと思っていたらおじいちゃんに

「新聞」

と言われてしまったので慌てて新聞を探して渡した。

おじいちゃんはじっと私の顔を見て

「ああすまんすまん。ばーさんかと思っていたら、凛ちゃんだったか。」

がははっと大きな声で笑われて、私もつられて笑った。

しばらくしておばあちゃんが腰を押さえて帰ってきた。

「あの何かお手伝いしましょうか?」

と言うとおばあちゃんはびっくりした顔をしていたが、しばらく私の包丁さばきを見て
ほうほうと感心していた。

「うまいもんだね。律子と大違いだ。」

『母はお仕事で忙しかったんで、私が料理を作っていたんです。』

「そうかそうか。本当にうちの娘にゃもったいないね。
凛ちゃんはいいお嫁さんになるよ。」

そう言われて少しくすぐったい気持ちになった。

おばあちゃんの鼻歌とお鍋がリズムに合わせてぐつぐつ歌う。

初めてガスを使ってお米を炊いたら火加減が難しくて少し焦がしてしまった。
しょんぼりしていたらおじいちゃんが、

「そのコゲがうまいんじゃ。」

と言ってくれた。

晩ご飯は肉じゃがとブリ大根ほうれんそうのおひたしにお味噌汁。

全部母の大好物だ。母にとって最高のご馳走だろう。


おじいちゃんが意地悪して「三人で先に食べよう。」と私たちに言った。
いつも一人でご飯を食べていた私だったから、おばあちゃんと一緒に作った
ご飯が本当においしくて、2回もおかわりしてしまった。

「ちょっと何先に食べてんのー!?」

と母が起きて文句を言いっていたけど、やはりおふくろの味は最高らしく
うまいうまいと食べながら涙ぐんでいた。

これもおばあちゃんなりの歓迎なんだろう。
なんだかんだ言っても久々に娘に会えて嬉しかったんだと思う。

これからどうなるのかと不安だったけど、なんとかやっていけそうな気がしていた。

引越しの片付けが終わると母は畳の上に寝転がった。

「あーやっと終わった。もう疲れたわ。何もしたくない。」
と言いながら背伸びをした。

私はミネラルウォーターを飲んで、ふぅとため息をついた。

たかが二人分の荷物だと思ってあなどっていたけれど、
オシャレな母は服や鞄にアクセサリーと圧倒的にダンボールの数が多い。
私もその遺伝子を受け継いでいるのか、ショッピングが大好きで
欲しいと思うと我慢できないので買ってしまう。
そしてなかなか物を捨てられないというなんとも厄介な性格なのだ。

母は今年で45歳だが、年齢を感じさせないほど若く見える。
小学校の頃、家庭訪問で先生が母を姉と勘違いしたくらいだ。

母が起き上がり手を差し出してきたので、キャップをしっかりしめて渡した。
ゴクゴクといい音が聞こえる。よっぽど喉が渇いていたんだろう。

『おばあちゃんすっごく怒ってたね。大丈夫かな?』

「あの人は昔っからそーなのよ。憎まれっ子はなんとかって言うでしょ?
無駄に長生きしちゃってさー。」

『お母さん、それは言いすぎだよ。』

「あたしの親だからいいの。本当は二人で暮らしたかったんだけど引越し費用で
無くなっちゃったし、お金が貯まるまでしばらくの辛抱よ。」

『私は別にどっちでもいいよ。おばあちゃんもおじいちゃんも大好きだし。』

私が笑ってそう言うと、母は安心したのか、かすかに微笑んだ。

「これから忙しくなるわね・・・。」

そう言いながらも私にはなぜか母が楽しそうに見えてしまった。
まだ恋なんて語れなかった斉藤凛さいとうりん十六歳の冬。

生まれて初めて一生懸命勉強して受かった高校だったのに
父の浮気が原因で離婚。
急遽、母の実家へ行くことになった。

親の勝手な都合のせいで私は巻き込まれ、友達とも離れちゃうし、
付き合ってた岡野先輩とも別れることになってしまった。

学校の帰り道、転校の話になった。
公園のベンチに座ってしばらく沈黙が続く。

何の話なのか分かっていたけど、私は黙っていた。

長いため息をついた後、先輩から
「ごめん。」
と言われたとき、内心ほっとした自分がいた。
本音を言えば、私は別れたかったのかもしれない。

テニス部の部活の後、先輩から告白されて、なんとなく周りに流されて
付き合うことになった私達。
相手を傷つけないようにしようとして頑張って
先輩の好きな彼女を演じていて疲れていたとこだった。
嫌いじゃないけど先輩と同じように好きになれなかった。


引越しの日に岡野先輩が大きな花束を持って走って駅のホームまでお見送りに来てくれてた。
先輩は息をきらして、鼻の頭を赤くしながら、手紙を渡してくれた。

「これ、落ち着いたら読んで欲しい。」

その手はかすかに震えていて、先輩の緊張が伝わってきた。
私は手紙をそっと受け取り微笑んだ。

「ありがとう。元気でね。」

そう言って新幹線に乗ると発車の音が聞こえた。
扉が閉まると先輩は必死で涙をこらえながら私が見えなくなるまでずっと手を振ってくれた。
その姿を見てこんな私を愛してくれた先輩に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


私は甘えていた。


自分の寂しさを紛らわすために先輩を利用していた。
先輩の優しさが心地よかった。
きっと先輩も私の気持ちを分かっていて私を守ってくれた。

傷つけないようにしていたつもりが余計に先輩を傷つけてしまった。


私は花束と手紙をぎゅっとにぎりしめた。

先輩の思いを無駄にしないために、自分の選んだ道を後悔しないために。

私はゆっくり前に向かって歩き出した。