コンコン――。
「はい。」
「失礼します。」

中へ入るとひょろりとした細い男性が胸を押さえて立っている。
黒縁眼鏡をかけ、少ない髪の毛を無理やり分けてビシッとスーツを着ている。
息を止めていても整髪料の臭いがきつくて、少しむせてしまった。
私はさっきの言葉にやっと納得した。

「教頭、連れてきました。」

「宮下くん!遅かったじゃないか!笠原先生あなたはまた私の血圧を上げる気かね!?」

大声を出されて、反射的にビクッとしてしまった。
『はっはい!すみませんでした。』と慌てて謝る。

笠原先生は慣れているのか、「はぃはぃ。」と話を流していた。

「私は7時半からここへ来ているんだ!次から気をつけるように!
それにその髪は校則違反だ!髪留めは無いのか?全く最近の子はだらしがない!」

『・・・はい。気をつけます。』

別に遅刻したわけじゃないのに・・・。
なんだか急にテンションが下がってしまった。
身だしなみだってちゃんとしたつもりだったし、
せっかく楽しみだったのに気分が台無し。

「校長は急に会議が入ってね、昨日から大阪へ言っているんだ。
今日は私から入学のことに関してお話しするよ。
我が学園はとても優秀でね。素晴らしい大学に入学した生徒も沢山いるんだよ。
それに~~~~で~~~~~~だから~~~~と~~~~~~~でね。」

だらだらと長い話は予鈴のチャイムがなるまで続いた。

「あ~~まぁまた詳しい話は担任の笠原先生から聞くように。」

「よろしく。」と笠原先生がそっけなく言う。

『よろしくお願いします。』

私はお辞儀をしたが先生はこっちを見ていなかった。

ようやく教頭から解放されたが、私は不安ともやもやでいっぱいになった。

笠原先生と一緒に職員室を出るとふーーーーっと大きなため息が聞こえた。
教室までの廊下をゆっくりと歩く。


「校長がいないからって調子に乗りやがってぁのバーコード。 」

と文句を言ってくれたので私の気持ちも少しすっきりした。

『あの私ヘアゴム持ってきて無いんですけど・・・。』

「あ~ほっとけほっとけ。どうせ誰も言うこと聞きゃしねーから。」

『でも・・。』

「お前教室入っても逃げるんじゃねーぞ。」

『え?』

笠原先生はまた意味深長な事を言って2ーFと書かれた教室へ入っていく。

私が教室へ入った瞬間、どっと騒がしくなった。
私はクラスを見回して混乱してしまった。

(女だ女がきた!!)

(うっわーーーかわいーー!!)

(あの子だよ!廊下ですれ違った子!!)

(ヒューヒュー♪)

「うるせー黙れ!席に着け!!えー今日は転校生を紹介する。名前は・・・」

『笠原先生!ちょっと!!』

私は慌てて先生を廊下へ引っ張り出した。

『これは・・・・どうゆうことですか?』

「何が?」

『何がって・・・女子が全くいないじゃないですか!!!?』


笠原先生は面倒くさそうに頭をかいた
自意識過剰だと言われるかもしれないけれど、職員室に行く間
すれ違う生徒からものすごく見られている気がする。

(私何か変なのかな・・・?)

視線を合わさないようにできるだけ早く歩いた。
職員室に入ろうドアノブに手をかけた瞬間、ガンッと扉が開く。

『きゃっ』

ドサドサッ――。
私は驚いて鞄を落としてしまった。
急いで自転車の鍵を入れた鞄は、ちゃんと締まっていなかったらしく、
ノートがあたりに散らばってしまった。

『すみません!』
すぐにノートを拾って鞄にしまっていく。恥ずかしさのあまりに顔が火照ってきた。
おそるおそる見上げると、目つきの悪いツンツン頭の男が仁王立ちで
こっちを見ている。
学ランのボタンを全部はずし、中のシャツがだらりと出ている。
ズボンを下げ、ベルトにはチェーンがついて動くとジャラジャラ音がした。
私の顔を見て男はチッと舌打ちすると、足を引きずりながらどこかへ行ってしまった。

「おいコラ!!待てって――おっと・・・。」

無精ひげが生え、ボサボサ頭の白衣を着た先生が男を追いかけようとしたが
しゃがんでいた私に気づいて足を止めた。一瞬首を傾げたが「あぁ!」と納得して

「もしかして転校生の宮下凛みやしたりんさん?」と聞いてきた。

離婚してしまったため、斉藤さいとうから母の旧姓の
宮下みやしたに変わったのだがまだ呼ばれなれていないため、
一瞬自分のことを言われているのか分からなかった。

さっきの男のせいで半べそをかいてた私はコクンと頷くのが精一杯だったが、
先生はそんな私を察してくれて「気にするな。」と言った後、
校長室へ案内してくれた。

首からぶら下げたネームプレートに笠原大介かさはらだいすけと書かれていた。
私は胸に抱いた鞄をぎゅっと抱きしめてゆっくり笠原先生の後についていく。
職員室の中はストーブのおかげですごく暖かかった。
すれ違う女の先生が会釈をしてくれたので私も慌てて挨拶した。

校長室の前で足を止めると、
「部屋に入ったら息を止めとけよ。」と笠原先生が言った。
私は不思議に思いながらできるだけいっぱい空気を吸った。

『いってきまーーーす!』

私は勢いよく玄関を飛び出した。
新しく買ってもらった自転車にまたがると、五年ぶりにのったもんだから
少しよろけてしまった。母が心配そうに私を見つめる。

「いってらっしゃい。気をつけてね。」

私は振り返り左腕を上にあげて母にピースをした。
すると母は少し安心したのか「グッジョブ」と親指を立てて返してくる。
私は前を向いて思い切りペダルを踏んだ。

学校までの距離は歩いて三十分程。
校長先生と担任の先生からお話があるから早く来てと言われていたが、
何度も鏡の前で身だしなみのチェックをしていたら遅くなってしまった。
でもテニス部で鍛えた脚力のおかげで十分もあれば着きそうだ。

下り坂にさしかかりスピードにのった自転車は風をどんどん切っていく。
冬の冷たい空気で息が白く濁った。
母の実家は前と住んでいた頃に比べると田舎で辺りは畑や田んぼばかり。
駅から2時間ほど行けば街に出れるらしく、母に今度そこへ行って
買い物をしようと誘われた。
後個人的に困ったのがコンビニがないということ。
おばあちゃんは「スーパーがある!」と言っていたけれど、それは違う!
学校の帰り毎日寄るほどコンビニ好きな私にとってそれはとてもショックだった・・・。

でもこっちに来ていいこともたくさんあった。
空気は澄んでおいしいし、空もずっと高くて星がきれいだった。
近所の人たちもとっても優しくて、挨拶周りに行ったとき畑で取れた野菜をくれた。
そしてなによりおばあちゃんのご飯が最高なのだ!!

夜になると急に寂しくなって友達には何回か携帯にメールをしたけど、
父と先輩には連絡を取っていない。
先輩からもらったあの手紙も、読む勇気が無くてまだあけれてない。
私はどこまで臆病者なんだろう。

しばらくして大通りに出た。小さなスーパー、病院、本屋、公園の隣に
自動販売機があった。
三つ目の信号を右に曲がれば学校だ。
同じ制服の子達がちらほら見えてきた。

最後の信号にひっかかりブレーキをかける。
しばらく待っていると大きなあくびがでた。昨日緊張してなかなか寝付けなかったのだ。
不安と期待が入り混じる。あくびをおさえた手がかすかに震えていた。

(今日から新しい学校での生活が始まるのか。友達できるかな。)

信号が青になると同時に後ろに停まっていた車がゆっくり動き出す。
私は我に返って瞬きを数回した後、しっかりハンドルを握って学校へ向かった。