「美咲さんは、何に乗ってここに来たのですか?」
駐車場には僕の車以外見当たらない。
「同僚に近くまで送ってもらったの。お邪魔していいかしら」
「もちろん」
僕らは車に乗り込んだ。
孝明が指定した神社まで車を走らせた。
時折降る雨の回数は明らかに減っていた。
「どうして美咲さんがここに?」
素朴な疑問を聞いてみた。
「もともとの依頼は私なの。たまたま別件で事務所に来ていた孝明さんに仕事を依頼したのだけれど、修二さんに依頼するなら直接言えばよかったわ」
しかしその声はなんだか嬉しそうに聞こえた。
「でも彼に言ったからこうして修二さんとデートも出来るので、それはそれで嬉しいです」
彼女の方に顔を向けると、彼女も笑顔でこっちを見ていた。
「今から行く神社はご存知だったのですか?」
前に視線を戻しながら、彼女に尋ねた。
「初めて聞く名前の神社です」
「今から行く神社は僕も知らない所なので、楽しみです」
程なくして神社に着いた。
空は晴れているが、こういう日なので傘を2本用意しようとしたが彼女が1本でいいですよと言ったので、1本だけ持っていく事にした。
決して大きくはないが、古くからある由緒正しい神社の様な佇まいだ。
2人で鳥居をくぐりながら思った。
境内に入ってみたが、藤の花は見当たらない。
勝手に探して撮影するにも気が引ける。
「せっかくなのでお参りしていきましょう」
そう言うと彼女は神前に向かって歩いていった。少し後ろから僕は着いていく。
後ろから見る彼女の歩く姿は大変綺麗だ。
背筋が通っていて、芯がぶれない。
いわゆるモデル歩きというのだろうか、彼女の歩く姿を後ろから見るのは初めてだ。
そのまま後ろから神前までついていく事にした。
神前の前で彼女の横に並び一緒に手を合わせた。
特に何も考えず、よろしくお願いしますと心の中でお願いした。
「何をお願いしたのかな?」
そう彼女が聞いてきた。
何だかいつもより甘えた感じの言い方だ。
何も考えずというより、何も思い浮かばなかったというのが正しい。
「撮影が上手くいきますように」
「本当に?大丈夫ですよ。きっといい写真が撮れます」
笑顔で彼女は答えた。
境内を振り返ると神主さんらしき人が、
少し離れた所でこちらを見ながら立っていた。
全く気付かなかったが、いつからいたのだろうか?と思いつつ境内に向かって歩こうとした時だった。
「あのー、ここに藤の花が咲いていると聞いていたんですけれど、何処ですか?よければ拝見したいのですけど」
彼女が大声で尋ねた。
「あちらに少し歩いて行っていただければ咲いていますよ」
と左の奥の方角に指を差しながら神主さんは答えてくれた。
僕は神主さんの所まで小走りで行った。
「写真撮影したいのですが大丈夫ですか?雑誌とかネットにアップするかもしれませんがよろしいですか?」
「大丈夫ですよ、いい写真が撮れるといいですね」
と答えてくれた。
「撮影場所を掲載しても大丈夫ですか?」
「もちろんです。何の問題もありません」
神主さんは終始にこやかに答えてくれた。
僕たちは神主さんが教えてくれた方向に歩き始めた。
今度は並んで歩いている。
神社の鳥居から神前まではずっと石畳みの道だったけれど、この道はずっと土の道だ。
幸い雨は今は降っておらず、道も適度に湿った状態で歩きにくくは無い。
彼女がヒールのあるブーツだったので少し心配したが、大丈夫そうで安心した。
程なく歩くと藤の花が見えてきた。
そんなに大きな藤棚では無いが、綺麗に咲いていてまさに見頃だ。
周りに人の気配は無かった。
「観て、綺麗な藤」
繋いだ手を彼女はあげて、指を差した。
その声はすごく楽しそうだ。
いつの間にか手を繋いでいた様である。
藤棚の所まで来て、僕は早速撮影の準備に取り掛かった。
「適当に撮影するので、美咲さんは藤をゆっくり観てて下さい」
「はーい」
彼女は藤棚の中の方に歩いて行った。
撮影は順調に進んだ。
雨に少し濡れた藤の花が、時折太陽の光で水滴が反射して輝いて見える。
孝明が欲しいのはこういう写真なのかなと思ったが、考えてみれば元の依頼は彼女なので後で確認してもらう事にした。
ひと通り撮影を終えて彼女に声を掛けようと彼女の方を見た。
楽しそうに藤の花を観ていた。
藤の花と彼女の横顔と周りの景色の構図が大変素晴らしい。
僕は彼女に黙って彼女の写真を何枚か撮った。
ふとフィルムカメラを持ってきている事を思い出した。
こちらは完全に趣味用のカメラだ。
僕は気づかれない様に急いでカメラを取りにいった。
かなり古いタイプの一眼レフと、もはや骨董品レベルの二眼レフだ。
そっと元の場所に戻った。
彼女は場所を移動していたが、相変わらずマッチングは見事だ。
藤の色と服の色、空の色土の色全てが最高だった。
双方のカメラを持ち替えながら、僕は彼女に向けてシャッターを切った。
彼女は時折場所を変えながら藤の花を楽しんでいる。
ファインダーを覗いている時に、彼女は僕が自分を撮影している事に気づいた。
こちらを向いて彼女はさらに笑顔になった。
僕は一眼レフのシャッターを押した。
僕は見上げて指でもう1枚とお願いした。
カメラを二眼レフに持ち替えて少し彼女に近づき写真を撮った。
「いつから撮ってるの?」
「ちょっと前」
「人物は撮らないのではなかったかしら?」
何だか楽しそうに彼女は言った。
「撮るのが苦手なだけです」
ちょっと照れながら僕は言った。
何故照れなければいけないのかわからないが、彼女の笑顔がそうさせたかもしれないと僕は思った。
「勝手に撮影してすみません、お気に召さなければ処分します。写真は雑誌広告チラシウェブサイト等媒体を通じて今後使用する可能性があります。許可していただけますか?」
事務的に僕は言ってみた。
彼女は返事をせずに笑顔のまま彼女は僕に向かって歩いてきて、僕の目の前に立った。
目線は僕と同じぐらいの高さだ。
「撮影、上手くいって良かったですね」
そう言うと彼女は目が無くなるくらいの笑顔になった。