中学3年にもなると、僕にも気になる女の子がいたりして.....。
でも、普通に声をかけることすら出来なかったですね。
僕は中学3年間を通して、陸上部で汗を流していたんですが、
走っているときが一番いきいきしていたと思います。
夢中で走っているときは、喋らなくてもいいですから。
僕が好きになった異性と言うのは、陸上部の一年先輩だったんです。
その人は、卒業してからも、練習中にスポーツドリンクを差し入れてくれたりしました。
中学最後の夏休みの練習中に、ポカリスエットを手渡ししてくれたんですが、
ありがとう、の一言もはっきり言えずじまい。
だから当然、思いを告げるなんてことは出来ませんでした。
ただ僕は、その先輩の通う私立高校に進学したいと強く思うようになりました。
両親はお金もかからなくて済む公立を、と考えていたようでしたが、
中学卒業したら、先輩とも会えなくなるのでは・・・と想像したとき、
僕は急激にその先輩が通う高校に行きたくなったんです。
その私立高校は大学の付属高校だったので、うまくすれば高校-大学と、
先輩と同じキャンパスで過ごせるのではないか?とも考えました。
でも僕は・・・
結局は、親が当初から望んでいた公立高校に通うことになりました。
途中で両親も「行きたいところに行きなさい」と応援してくれるようになったにもかかわらず、です。
なぜかというと・・・
先輩の通う高校は、筆記試験だけでなく、面接試験もあったからです。
母親が面接官の代わりになってくれて、想定問答をしてくれたのですが、
吃音者の僕には満足に返答することができません。
これでは、面接なんか絶対にパスしないと意気消沈し、次第に諦めるようになってしまったのです。
今にして思えば、想定問答の中で決まりきった答えを返さなければならないというプレッシャーから、
余計に吃音がひどくなってしまっていたのかもしれません。
ぶっつけ本番で面接に臨めば、かえって上手くいったのかもしれない。
でも、当時の僕にはそんな強気にはなれなかったですね。
別に同じ高校に行けなくても、思いを告げる方法はいくらでもあったのでしょうが、
こうして、僕の初恋(?)は幕を閉じたんです。
当時の僕に吃音の悩みさえなかったら、もうちょっと違う方向にいけたのかも?
高校では、嫌な思いを払拭するために再び陸上部で汗を流すことにしました。