吃音治療と向き合ってきたMr.Mの吃音の原因を探る日記 -14ページ目

吃音治療と向き合ってきたMr.Mの吃音の原因を探る日記

長年吃音症に悩まされてきた僕の吃音治療の経過と、吃音の原因を探りながらどもり症との向き合い方を綴った日記です。


高校に入学すると、中学のときと同様に陸上部に入りました。

けれど、長続きしませんでした。


新入生に課されていたあるイベントがつらかったからです。


一年生は部活が始まる前に必ず、全部員の前で、

その日の抱負を手短にスピーチすることになっていたのです。



3分間スピーチのようなものでしたが、これがどうにも嫌で嫌で・・・

毎日逃げ出したい気分になりました。



案の定、僕のスピーチは全部員のお笑いのネタにされ、

先輩からも同級生からも「さて!次はお待ちかねのMのスピーチだよ!」

などと、からかわれるようになりました。



極度の緊張で第一声すら発することが出来ず、

毎日の事なのに、何も喋れないで終わる日々。



しかも、「抱負をキチンと語れない奴は、罰として400mダッシュ3本!」

などと、まるでイジメのような日々を送るハメに・・・。



こうして、ひと月もしないうちに、僕は陸上部を退部しました。


監督は練習の場に顔を出さない日も多く、真面目な指導者ではありませんでした。

だから、「抱負」が「いじめ」に変わっていたことなど、知らなかったと思います。



先輩たちも、「吃音」の悩みがどれだけ深いものなのか、

理解している人はいなかったです。



だから僕は、吃音のことは語らずに、「練習がきついです」と言って辞めました。


その日からは帰宅部員となり、ますます人前で話す機会が減っていきました。