カンヌ映画祭で女優賞に岡本多緒さんが受賞したそうです。我が国では初だとか。

国内ではあまり知られていない女優さんですが、彼女を起用した濱口監督が有る意味評価さるのでしょうね。

 

この国で造られる映画、過去には世界で評価される作品も多く造られていましたが、昨今の映画業界は、そんな姿勢も失せたのでしょうかね。

 

昨年話題となった「パーフェクトディズ」、役所広司さんが主演した外国人監督が造られた作品です。しかしこの映画も、国内のシネコンではあまり上映されなかった。つまり観客が入らないからでしょう。

 

例えば小生が行くシネコンで、今上映されている映画タイトルを見てみると、「スターウオーズ」「プラダを着た悪魔」「グランドイリュージョン」「ひつじ探偵団」の4本が洋画。一方邦画はと言うと、「ミステリーアリーーナ」「正直不動産」「君のクイズ」「SAKAMOTO・DAYS」「人はなぜラブレターを書くのか」「ドラえもん」「コナン」「スーパーマリオ」です。国内作品では3本がアニメ、それ以外の映画は、まさしく主役在りきの作品です。まあさほど高い評価を得られる作品とは思えません。(私の主観ですが・・)私の知人には、「コナン」しか見ないと言う人さえいます。

 

シネコンは収益を求める場所ですから、やはり多くの観客を望める作品が中心になるのは当然だと思います。それは何処のシネコンも同じでしょう。

今回カンヌ映画祭で話題になった作品は、果たしてどこで観られるのでしょうかね?

 

池袋に「シネロサ」と言う映画館が有ります。ここでは多くのマイナー作品が上映されています。一昨年の日本アカデミー賞の最優秀作品賞を獲った「侍タイムスリーパー」は、この映画館一館からスタートした作品です。

 

私が望むのは、儲け主義一方で無く、良作品が見られる場所を、より多く広げて欲しいものです。この国の映画業界には、それが欠けているように思えてなりません。

 

時折報道されるのが、高齢者が運転する車での事故が有ります。過去には悲惨な事故も有りました。そこで話題になったのが高齢者による免許返納です。

 

近く公開される映画で「免許返納」と言う作品があります。舘ひろしさんが主演する映画だそうで是非見たいと思っていますが、小生も今年76才を迎えます。間違いなく高齢者ドライバーです。

 

昨年免許更新を行いました。次回は2年後・78才の時点です。更新の際には、高齢者に対して様々なハードルが用意されています。認知用検査から始まり、高齢者講習、この際には実車教習もあります。これら全てに合格しないと更新が出来なのです。

 

小生も、このあたりで返納を考えようかと思案中です。しかし昨今の高齢者による事故、その方々の年齢の高さには驚かされます。80才を超えている方が結構な数なんですね。確かに様々なハードルをクリアしているから、運転は出来るのでしょう。しかし疑問は残りますね。その方々の免許返納に対する意識です。

 

周囲にいる家族の方たちは、本人に対し運転を止める進言していた‥そんな声が聞こえて来ます。しかし当の本人にその意識が薄いのでしょうね。「まだ俺は大丈夫だ」の一点張りなんでしょう。

 

小生の住むいわゆる地方都市は、自家用車は不可欠な存在です。公共交通だけでは限界があるのです。買い物も出来なくなります。しかし車の事故は悲惨です。他人を巻き込んだりしたらそれこそ賠償を含め大変な事態になります。自身だけで済むならそれは自業自得ですが、それでも寝たきり生活に陥るかもしれません。

 

そうなってからでは遅いのです、だからこそ高齢者と呼ばれる様になった時点で、免許返納は常に意識すべきでしょうね。

テレビ報道ってなんだろう?

 

今朝の情報番組を見てそんな事を思った。ご存じの様にNHKをはじめとして、日テレ・TBS・フジ・テレ朝・テレ東等のテレビ局が有る。そして視聴率争いもあり、各局それぞれが今の社会情勢を横並びで取り上げ、そろって報道する訳だ。

 

そこで視聴者の立場でそれを見たとする。するとどのチャンネルを廻して(いつの時代だ!)も同じ様な内容が報道される。当然その内容に視聴者は関心を向けざるを得ない訳だ。今ならさしずめ石油問題だろう。なかでも関連する製品のナフサだろうね。

 

ポテチのカルビーが、そのパッケージを白黒に変えると言うのが今朝の話題だ。

そしてナフサが品不足(仮定だが)になると、様々な面で社会に影響を与えると・・・、なんと、まあ先走り報道が始まった。確かに中東問題が長引けばその心配もあるだろうが、今は冷静に見極める時だ。

 

しかしテレビ報道はその様な目線では無いみたいだね。ただ単に煽っている様な気がしてならない。言い方は悪いが喜んでいる?

 

小生が思うに、これを機に、これまでの形を見直す機会にすべきでは無いのかね。

過剰パッケージ販売などは最たるものだろう。極端かも知れないが、昔の様な対面量り売り、容器持参での販売体制、何でもかんでも石油に頼るのではなく、石油は必要な物だけに絞る。これこそが今政府が考える時なのでは?

 

テレビは今やオールドメディアと呼ばれている。しかしテレビが与える影響は大きい。それを自覚して欲しいものだね。

今朝の情報番組で、新米の価格問題が取り上げられた。ご存じの通り昨年の米騒動は誰もが良く覚えているでしょう。一時は店からコメが無くなり、次はコメの値の高止まりだった。スーパーの棚からコメが消えた時は、政府はコメの在庫は十分あるから、安心して欲しいと言っていたのは小泉元農相の前の農相(名前和忘れた)だった。

 

しかし棚にコメが戻ったら、今度はその値段は驚くような価格だった。

背景には、コメの流通形態と令和7年度産のコメを総元締めでもある農協が高い値で仕入れてしまった事だ。安く売れば卸業者が赤字になるから、卸元は売り渋りに走った。それが値の下がらない原因だった。そして緊急対策として政府は備蓄米の放出を決断した。その影響も有って値が下がり始め今に至る。

 

しかし値が下がった原因は他にも有った。いわゆる在庫過剰だ。売り渋った事で、手元にあるコメがダブついて来たのだ。その在庫を抱えたまま、令和8年度のコメ作りがはじまった。今も業者の元に有る、有り余る米はどうなるのだろうか、そして今年の新米価格は?

 

現農相は石破政権時の増産制作を180度展開し、聞こえは良いが市場に任せるとした。つまり増産はしないという事だ。状況に応じ、増産や減産を考えれば良いというのだ。つまり政府は何もしないという事。こんな無責任な話があるだろうか?

 

米はこの国の原点だ。その昔農家はコメで税金を払っていた。いわゆる年貢米である。農民は米を作っても、自分たちの口に入ることなく、大半が藩に搾取されていた。明治維新によって、税金は米からお金で支払う形に変った。しかし今の政府は、米には一切タッチしない。他の物品にはいろいろ手を加える割にだ。

 

前政権時では、増産し海外市場に販路を求めるとまで言った。そうすれば自給率も上がり、価格も安定するだろうが今の政府は知らんぷり。コメ業界に丸投げ状態なのだ。まさに責任逃れだろうね。前々農相はコメ問題で責任を取らされたからね。これで良いのかね?

最近テレビでは昔で言うゴールデンタイムではなく、11時過ぎの遅い時間から

放送されるドラマが増えていますね。これっていわゆる新進の脚本家が自由に挑戦できる枠として設定したらしいですね。

 

ゴールデンタイムの番組はテレビ局が運命を掛けた作品なので、有名な作家や俳優を抜擢していますが、深夜枠はそれに関係なく造られています。しかし今や高い評価を受けているのがこの枠です。話題の作品も結構あるよね。最近気に行ってるのが「余命三か月のサレ夫」と言う番組です。また最近配信ドラマでも、この様なドロドロした男女間の恋愛劇が多いよね。

 

 

一方スクリーンでは、まさに純愛作品が目白押し。それも単なる純愛作品ではなく、そこに悲劇色(余命云々)を加えたものです。

そこで思うのが、恋愛をこの様な形でもてあそぶ行為です。

 

最近起きた現実の悲劇をどう思いますか? 一方では恋愛を賛美し、片方で恋愛は脆い物として突き付ける。これらの結果が、最近よく起こる恋愛や結婚生活に起る悲劇では無いのでしょうか?

 

恋愛そのものを否定はしません。人を好きになるのは人間の本質であり、人類を継続させるために欠かせないものだからです。しかし昨今は、結婚と生殖作業(セックス)は別のものとして捉えられている。結婚には責任が伴うが、恋愛はそうでも無い。恋愛=セックスと言う考え方が如何やら主流の様です。なのでドラマもこの様な作り方になったのでしょう。

 

観る側としては面白いのだが、やはり当事者は如何感じるのでしょう?

昭和世代の私としては、やはり恋愛は美しいものであって欲しいね。