la fête

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服飾史の研究をしながら、服飾雑貨制作や衣裳制作をしています。

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この春、新しく始めることになったこと。



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冬の終わりに探し当てた、

1950年~80年の装苑とドレスメーキング。


関係者の方のご好意とお取り計らいで、大学の研究室にて、この宝物たちをデータベースとして確立させ、世に送り出す作業を始めることになった。


全ての資料に、まずは目を通す作業を進めながら、胸が高鳴る。


時間が経つのも忘れ、世界に引き込まれる。


膨大な量の資料を前に、宝探しの旅に出掛けるような気分になる。





この数年、ハルモ二ーセレスト さんからのご依頼で衣裳をお作りしている。


今年もまた、ルネッサンス期の衣裳を再生する。


これまで何着もの衣裳をお作りした。


だけど、時間に追われる毎日の中での制作、本当に作ることに向き合えているか?向き合えていない、そう感じてきた。


今年は、店舗の営業終了後、時間と考えることに、少し余裕が持てるようになった。


服飾の歴史を辿り、ルネッサンス期の人々の精神を辿り、衣裳の中に落とし込む。


今年は少し、作ることに向き合うということに、近づけたように思う。


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今回の衣裳は、今週末行われるルネッサンスフェスティバルにてお召し頂きます。


詳しくは、ハルモ二ーセレスト さんまで。





お仕事をご一緒させていただいている TKM  さんと一緒に作った作品が完成した。


何度も担当の方と打ち合わせを重ね、デザインを練り上げた久留米絣のパーティーバッグ。




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伝統工芸である久留米絣に触れる仕事にめぐり合えた事を、本当にありがたく思う。



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(絣のデコレーション部分は取り外し可能。シンプルなバッグとしてもお使い頂けます。)


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訪れた美術館には、たくさんの若いエネルギーがあふれていた。


福岡県立太宰府高校芸術家の卒業作品展。


今春卒業を迎える、友人のお子さんの作品。


みずみずしい感性に、パワーをもらった。


クリアな気持ちが蘇った。


春からの新しい門出に向けて、今、受験生として頑張る彼女。


りさちゃん、自分らしさを大切にして、頑張って。



そして、心打たれた作品をもう1点。


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「背中」


高校3年生の彼女は、ご両親の背中を見て何を思いこの絵を描いたのだろう。


1枚の絵からたくさんの想像が膨らみ、胸が熱くなった。




数年後に取り壊しの決まっている建物の、今では誰からも忘れ去られたような棚の奥に、宝物を見つけた。



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1950年代から1980年代の、服飾雑誌、ドレスメーキングと装苑。


30年分のナンバーがほぼ欠刊なく揃っていた。


誰からも取り出されること無く、何年この棚の奥に眠っていたのだろう。


ページをめくると、服飾の流れと、当時の人々の意識が読んで取れる。



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今ではマイナーな存在になってしまった製図ページ。


たくさんのアイデアソース。


可愛いビジュアルの数々。


胸が高鳴った。


膨大な数の資料を前に、自分の仕事を見つけた気がした。


建物の解体とともに捨て去られないよう、1冊ずつ取り出し、埃を払い、空気を通し、愛で、貴重な資料としての価値を吹き込む。

福岡市東区の香椎神宮にある不老水を訪れた。


永く東区に住んでいながら、初めて訪れた不老水。


まろやかでおいしいみずが湧き出ていた。



ふと、小学生の頃、国語の教科書に載っていた話を思い出した。



・・・


砂漠の中を東西に走る鉄道の、周りには砂以外、何も無い駅。


そこに3人の駅員が働いていた。


来る日も来る日も、その駅で乗り降りする客はなく、3人はとても退屈な毎日を送っていた。


あるとき、3人は順番で休暇をとることになった。


1人目の駅員は、鉄道に乗って東にでかけた。


東には大きな街があった。駅員はたくさんの買い物をし、楽しい時間を過ごし、休暇を終えて砂漠の中の駅に戻った。


そしてまた、退屈な毎日に戻った。


2人目の駅員は、鉄道に乗って西にでかけた。


西にも大きな街があり、駅員はたくさんの美味しいものを食べ、楽しい時間を過ごした。


休暇を終えて、砂漠の駅に戻り、そしてまた退屈な毎日に戻った。


3人目の駅員が、休暇を取る日が来た。


彼は言った。 「僕は南に行ってみるよ。」


3人目の駅員は、歩いて南へ旅にでた。


その日の夕方、駅に戻った彼は、他の駅員にこう言った。


「ここから歩いて行ったところに、水が湧き出るオアシスを見つけたよ。」


砂漠の中のオアシスは観光スポットとなり、毎日たくさんの観光客であふれるようになった。


たくさんの観光客が砂漠の駅で乗り降りし、その後、3人の駅員たちは、忙しくも、楽しい毎日を送るようになった。


・・・


こんな話だった。


なぜか私はこの話が好きで、今でも記憶に残っている。


・・・


幸せは、意外と近くにあるのかもしれない。


自分で歩いて、オアシスを見つけに行こう。




恩師から届いた1枚の絵画の展覧会の招待状。


正月の松の内の静謐な美術館へ出掛けた。


学生時代、熱く、時には厳しくデザイン論の指導を受けた恩師がプライベートで描く絵は、授業で見せる師の印象とは全く違った表情を見せる。


学生時代、師のプライベートでの個展の絵を初めて見た時、その表情の違いに、驚きを覚えた。


それから20年近く経ち、再び師の絵を目の前にした時、私には、


「生きる手段」 と 「魂が表現したいもの」 という言葉が降りてきた。



数年のうちに定年の時期を迎える師であるが、その後は絵のタッチのような、優しく、柔らく、穏やかな日々が連想される。

そしてそんな日々をお送り頂きたい。



(絵自体のテーマは今回はおいておき、そしてあくまでも私の勝手な解釈であるかもしれないが)










本日をもちまして、la féteは、イムズ・パワコンアヴェニュー内での営業を終了しました。


最後の最後まで、たくさんの方にご来店を頂き、本当にありがとうございました。


心から感謝いたします。


・・・


la féte のオープンから約2年。


たくさんの出逢いに恵まれ、たくさんの方に優しさを頂き、


無事に今日の日を迎えることが出来ました。



時に、自分の仕事の上に商業的価値のみを見出すことに悩んだり、



自分の心の方向に迷うこともありましたが、


そんな私の活動を文化として捉えてくださり、


私らしくある店つくりの応援をしてくださったパワコンアヴェニュー主催のFM福岡メディアントの皆様には、


感謝の気持ちでいっぱいです。


・・・


la féteにお越しくださった、お客様方。


いつかまたどこかでお会いできますように。



今後は、この2年間で得ることのできた、お金にはかえられない財産をあたためながら、


作り手として、アトリエでの制作と研究活動に重きを置いて参ります。





自分の心が決めるベクトルに向かって。



夢は、きっと叶うのです。



ブログも、自分の心と一致する言葉を探しながら、綴って行きたいと思います。


どうぞ、これからもお付合いください。



穏やかな空気の流れる夜に。


                 白石陽子






今日は、開店より、たくさんの皆さんにご来店頂きまして、本当にありがとうございます。


・・・


本日、19時半頃ご来店くださいましたお客様、お渡し忘れがございました。


申し訳ございませんが、ご連絡をお願い致します。


ご迷惑おかけいたします。


090-9408-5833 白石陽子