whatever you do,whatever you say
ストレートティーにミルクを入れた時
ミルクがグラスの底にぶつかり
渦巻きながら
浮き上がるその画が
原爆のきのこ雲を連想させます。
しかし悲しいことに
美しい。
かつてアメリカ軍が
きのこ雲に覚えた感情と同じく。
美しいと思える心があるなら
なぜ争いたくないと思えないのかな。
別に戦争だけじゃなく
この僕らの狭い世間でも思うんですが
なんで争うんですかね。
自分が客観的に見て
その人の行いが正しくなくても
その人は自分が正しいと思ってるんですよ。
だから咎めても叩いても
それは所詮自分の考えを押し付けてるに過ぎない
そっちの方がよほど正しくない。
自分がある人を見て
正しくないと思うなら
自分がしなければいいだけの話。
なぜそんな簡単なことに気付かない。
今まで色んな人と触れ合ってきたけど
1対1で話して
理解し合えない人はいないと思う。
いずれは解り合えない人とも出会うかも知れないけど。
その時はその時で
「こんな見方もあるんだな」
と前向きに考えればいい
そうすればきっと世界は広がる。
理解し合うことが
仲良くするってことじゃないけど
褒めるでも貶すでもなく
認め合おうよね。
大勢で群れて
少数を叩く、
いくら少数の人が間違っていても
寄って集る大勢の方
結果的にもっと間違っている。
腹が立つほど間違っていると思うなら
会って話すとか
それが無理なら
今は携帯と言う
文明の利器があるじゃない
それで話せばいい。
それをする勇気もなく
ただただ群れて
同意と同情が欲しいだけの烏合の衆は
哀れな人たちかな。
僕個人的には
そんな人は僕の周りにはいないと思いますけど。
自分をこの世界に唯一の存在だと考えるなら
周りの人々のそれも尊重すべき。
じゃないと成り立たないよ。
ミルクがグラスの底にぶつかり
渦巻きながら
浮き上がるその画が
原爆のきのこ雲を連想させます。
しかし悲しいことに
美しい。
かつてアメリカ軍が
きのこ雲に覚えた感情と同じく。
美しいと思える心があるなら
なぜ争いたくないと思えないのかな。
別に戦争だけじゃなく
この僕らの狭い世間でも思うんですが
なんで争うんですかね。
自分が客観的に見て
その人の行いが正しくなくても
その人は自分が正しいと思ってるんですよ。
だから咎めても叩いても
それは所詮自分の考えを押し付けてるに過ぎない
そっちの方がよほど正しくない。
自分がある人を見て
正しくないと思うなら
自分がしなければいいだけの話。
なぜそんな簡単なことに気付かない。
今まで色んな人と触れ合ってきたけど
1対1で話して
理解し合えない人はいないと思う。
いずれは解り合えない人とも出会うかも知れないけど。
その時はその時で
「こんな見方もあるんだな」
と前向きに考えればいい
そうすればきっと世界は広がる。
理解し合うことが
仲良くするってことじゃないけど
褒めるでも貶すでもなく
認め合おうよね。
大勢で群れて
少数を叩く、
いくら少数の人が間違っていても
寄って集る大勢の方
結果的にもっと間違っている。
腹が立つほど間違っていると思うなら
会って話すとか
それが無理なら
今は携帯と言う
文明の利器があるじゃない
それで話せばいい。
それをする勇気もなく
ただただ群れて
同意と同情が欲しいだけの烏合の衆は
哀れな人たちかな。
僕個人的には
そんな人は僕の周りにはいないと思いますけど。
自分をこの世界に唯一の存在だと考えるなら
周りの人々のそれも尊重すべき。
じゃないと成り立たないよ。
たまには日記みたいなものを。
昨日は
ゆうな様と
大阪のカフェで喋りました。
二人になると極度に面白くなくなるという
不名誉なレッテルを顔面に貼られてる僕です、
さて何を話しましょう
と頭の引き出しを
すべて開け散らかして
これはやばいと
隅に置かれた
黒い引き出しを開けました。
そうです、僕が日々書き散らしてる
哲学的な要素が詰まった引き出しです。
僕としては
単純で
そして難解な
この話題の時が
最も素の自分が出てる気がします。
時間を忘れてべらべらと話してました。
普段ギター抱えて
部屋でうなだれてる僕にとっては
誠に有意義な時間でした。
模倣の人道なら、没義道を歩む
「煙草と女はやるが、酒はやらん」
Mr.Ecstasyです。
「独自性」とやらを
身に付けるため
目下「普通」と呼ばれることに
触れて生きています。
独自性とか個性とか
only oneで居たいと思うことこそ
普通な今日この頃の現代人。
そんな普通な僕は
経験豊富な偉大な人物の話を聞くのが
苦手、というより嫌いだ。
為になるとは言え
意識せずとも
影響を受けてしまうからだ。
良い意味ではinspirationと言えるが
そうは思えない。
例えばゴッホの絵を見た後に
絵を描けと言われると
それに近いものを描いてしまうはず。
それはinspirationではない。
もはや模倣。
僕は誰の模倣もしたくない
贋作の人生なんて何の値打ちもない。
だったら
偉大な人物の話を聞いても
その逆のことをすればいい
とも考えれるが
「逆のことをすればいい」と思うということは
「その通りにしたい」と思う自分に
抵抗していることが明らかなので
そう思うこと自体負けだと思う。
あの人がこうしたから
あの人がああしたから
あなたもそうしなさい
と言う言葉は
何の説得力もなく
ただただ僕に反発を起こさせる。
確率論的にとか
統計的にとか
そんなのも無意味。
自己満足でいい
俺は俺だー。
とか何とか言いながら
何も出来ないで居る。
僕は無力だと己の非力さに嘆いている
ってわけじゃなく
大胆な行動に出る機会を窺ってる
とでも言っておこー。