或る少年の物語.
どうもMr.Ecstasyです.
今からある男の物語を話すとしましょう.
今から約18年前の
1991年2月25日
ある男の子が母親から産み落とされました.
男の子はすくすくと育ち
ある有名私立大学付属の幼稚園に入園しました.
その時の幼稚園受験が人生最後の受験となるとは
彼を含め誰も思っていませんでした.
幼稚園の頃の記憶は本人曰わくほとんどないとのことです.
あると言えば友達に腕を噛まれ号泣したことくらいだそうです.
幼稚園の2年間はまるで2週間かのように過ぎ
小学生になりました。

小学2年の時に
まゆこちゃんと言う女の子に
「なにかニックネーム考えようよ!!」
と言われ
苦し紛れに
「イマヨってどう?」
と言うと
その子は絶賛し
クラス全体に広まり
いつしか先生からも
イマヨと呼ばれていました。
以後10年以上に渡り
彼はイマヨというニックネームで呼ばれ続けることになりました。
小学校生活はあっという間に流れましたが
彼はよく
「4年生の時に出会った鬼のように怖かった先生のお陰で今の僕がいる」と言っていました。
中学生になった少年は
「バク転が出来たら女の子にモテるだろう」という
安易な発想から
器械体操部に入部しました.
中1の時はバク転の練習などせず
暇があればトランポリンを飛んでいたと言う。
余談ではあるが
先輩に言われ
彼は中2の時に初めて
自分がくせ毛だということに気付きました。
ちなみに陰毛が生えたのもその頃でした。
中3になり
澤良木大介という
生涯で最も滑稽で
最も信頼できる人物と出会い
彼の学校生活はより明るくなりました。
その頃から
人生初の交際がスタート。
相手は公立高校に通う1才歳上でした。
高2の終わりまでの約2年間もの間付き合い
別れたそうです.
彼は
『「受験勉強で会えない」と言っていた彼女は
陰で違う男性と性のお勉強をしていた』
と笑い話にしていました。
高校生になった彼は
やっと髪型・服装を気にし始めました。
自前の天然パーマは直毛の糞共からすれば
憧れの的だったみたいです。
少し言い過ぎですか。
くせ毛がコンプレックスだった彼は
母親の薦めでフロントにストレートパーマをかけました。
その頃からヘアスタイリングに目覚めました。
高1の学年末試験で
カンニングがバレて
後々ややこしいことになったことは言うまでもないでしょう。
高2になり髪を伸ばし続け
浮浪者のようになりました。
しかし周りの者に
「あの髪型が格好よかった」
とよく言われたそうです。
高2の終わり
前髪だけに当てていた
ストレートパーマを取り払い
くせ毛と向き合い始めました。
高3になり
部活も完全に幽霊部員になり
彼ははニートになりました。
授業中はほぼ寝倒していました。
唯一の楽しみは昼休みの昼ご飯でした。
一学期はあっという間に過ぎ
夏休みになり
人生初のアルバイトを経験しました。
京都の鞄屋での二週間のバイトは忘れられない思い出だと彼は語ってくれました。
夏休み最終日に
彼は意中の女性を
須磨海岸へと連れて行き
サザンオールスターズの「真夏の果実」を流しながら
告白をした
と自慢気に話していました。
夏休みが明けてすぐ
大学の試験があり
彼は持ち前の強運でなんとか試験をパスし
甲南大学への推薦権を獲得し
1月に行われた最終試験でも
高得点を取り
見事第一希望の人間科学部に決定しました。
4月からは華の大学性活が彼を待ち受けています。
長くなりましたが
これが彼の今までの人生です。
まだ序章に過ぎず
物語は始まったばかりです。
これから彼がどのような人生を歩むのか
楽しみで仕方がありませんね。
皆で暖かく見守もるとしましょうか。
