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海原の月



抱きしめて~

そしてキスをして~♪






iTunesを開くと

未だに

「mixiに履歴を送信します」

とウィンドが開く。


「いや、もうやめてるって」

とその度

パソコンに突っ込む。




初対面の人は大抵

mixiをやってるか?と問う。

僕もそうだったなと思いながら

やっていないと答える。

そんな薄っぺらい繋がりが

何の為に必要なのか

と考えないのか。

僕は必要ないと思ったからやめたわけだ。

第一もう会わないのに必要か?



彼らは

マイミクとやらの数が

ステータスになると思ってるらしい。



日記を書く人物は

大体固定されており

毎日毎日

思考力の欠片もない

くだらない文章を書き綴る。

そしてある日

「病んでます」と書き始める。

君は

本当に病んでいる人たちの姿を

見たことがないから

そんなことが言えるんだね。

本当にノイローゼにしてやろうか。


コミュニティに入ることで

自分とはどういう人間かを

理解してもらおうとするが

理解してもらおうとするものは

自分ではない。

掠ってもないような

コミュニティに何百と入り

自分の名前をした

虚像を作り上げ

虚像を理解してもらおうとする。


自分がどんな人物であるかを

周りに理解されていないなら

その使い方も賢いが

そんな人はいない。

本質や考えは分からずとも

どのような人物かは

行動を共にし言葉を交わせば

すぐに分かる。


良かれと思い

自分を取り繕うが

それにより

更に難を抱える。

僕もそうである。



出会い系の延長で生まれたような

サイトに二度と参加するものか。

微塵も貢献したくない。

と思うが

また始めないのか?

と聞かれると

揺らぐのが実のところではあるが

僕の頑固な石頭を

甘く見てもらっては困る。

もう二度としない

と言ったのなら

二度としないのである。

狂気の作品2

昨日の授業は


またまたワケが分かりませんでした


「フィンガーペインティング」


つまり指で絵を描かされました。


ふざけず本気でやりましたが


途中で

席を左に二個ずれて

その人の絵に何かを描き足すという

謎の指令を教授から与えられまして

僕は真面目に考えて

その人の作風を壊さないようにしたのに


自分の席戻ったら

わけの分からないところを

ピンク色に塗られて

その瞬間冷めて

やる気なくしました。


題名「カルデラ湖」です。

これが作品です。

youthful days-D1020260.jpg

横に見て右上のピンクが

他人に描き入れられたものです。

僕は自分の作品に

他人に手を加えられることが

大嫌いみたいですね。

その所為かこの絵は好きになれないです。

素晴らしい世界


前は

友達や親友

友達じゃなくても

間違ったことしてたら

文句言ったりしてたけど、

ある時やめた。


なぜ文句を言っていたかと言うと

何も考えてない頭で

「正しいことしてる、言ってる俺」

ってくらいのもんだったんでしょう。

恥ずかしい。

「友達思い」ぶってた恥ずかしい時代

それを青春と言うのか、

それともただ青春ごっこをしていたのかは

分からないが

青いね。


大学になり考え抜いた。

どうあるべきか。

で 辿り着いた。

「親友や友達であれ、他人の言動には口を挟まないべきである」と。

なぜかと言うと


1つ目の理由は

他人が

例え親友であれ

間違った行為に出ようとしても

そいつはそれが正しいと思って

やってるであろう

と考えると

俺が「~するべき」と言っても

それは俺の考えを押し付けてるに過ぎない。

逆を考えると

尚更賛成が増えるはず。

自分が正しいと思ってやってることに

文句を言われたら

腹が立つし、

「お前の考えを押し付けんな!」

と大抵が思う。

だから

他人には文句を言わない。


これ程簡単な考えはないし、

争いを起こさないで済むと考えたわけ。


で2つ目の理由は


果たして俺は

他人に文句を言えるほど

正しい行いだけをしているのか

という話になるのだ。

俺としては

今まで問題もあったからこそ

大学に入ってから

考えを改めたわけであるが

自分の中で区切りを付けても

他人はそんなの知らないし

今までの行動と

「矛盾してる」と思われるだけ。



罪を働いた奴は

死ぬまで罪人てことです。

いくら善人になろうが

過去は消せないからね。


そしてもう一つ大きな理由に

「他人はどうでもいい」

ってのがあるね。

これは理由とか要素というより

ほぼ結論やけどね。


上の

「自分の考えを押し付けない」

「自分は他人に文句を言える立場でない」

をただの綺麗事だと言うならば

この「他人はどうでもいい」

っていう理由しか残らない。



本音を言うと

例え親友が二股しようが

親友の彼女と別の親友が付き合おうが

親友が必修科目全部落とそうが

親友が女を孕ませようが

俺には利害ないし

全くもって関係ない。


そんな話に首を突っ込もうものなら

今度はこっちが損をする可能性が高いしね。


だから俺は関わりたくないっていうのも

勿論ある。


でも

「親友や友達であれ、他人の言動には口を挟まないべきである」

という考えに至る過程では

「他人はどうでもいい」というのはなかった。


自分の考えを押し付けたくないし

その逆はもってのほか願い下げであるし

自分は他人に文句を言える立場でない

だから

他人はどうでもいい

という風になったのね。


俺は頑固なので

一度決めたことは曲げたくない。

だから陰で悪口を言われようが

親友が親友を裏切ろうが

内心、腑が煮えくり返るようなことがあっても

必死でその怒りを鎮めることにした。

だからいくら悪口を言ってくれてもいい

好きにしてくれて構わない

ただし

俺に好きにさせてくれるならという条件下のみで。


自己中だと言われるかも知れないけど

俺から言わせれば

「他人のことよく考えてくれる人」ってのは

他人のことと言うより

他人からの見返りのことを考えてるだけ。

そんな奴らこそが

本当に自己中だと思うね。

これは僕の偏見まみれの意見やから気にしなくていい。


要するに

俺は俺

他人は他人

それでいい。


でも

放っておける奴とそうでない奴がいる

ってことは密かな事実。


例外もたまにはあってもいいかもな。