3.11以降、僕がすべてのエンタメ人を含め最重要人物として注目してきた上杉隆氏。ジャーナリスト無期限活動休止後は、自由報道協会代表の活動と併せて、福島に拠点を置いた活動を行っていく予定とのこと。チェルノブイリでは健康被害が表面化していったのは事故から4~5年後であった。だからそれまでに対策を講じていくと。
先日の自由報道協会インターン主催の模擬会見で上杉さんはご自身の生い立ちを話されていた。15歳で家を出て、それからはその日暮らしが当たり前のような生活を送っていたとのこと。僕はこれまで上杉さんの著書は拝読していたが、生い立ちであるとか個人的な話は存じ上げなかったので、少し驚きつつ感心した。そのような生活を送っていたから、記者クラブのようなぬるい制度に立ち向かう、という動機も少しあるのかなぁと思ってみたり。
上杉アンチもたくさんいるのだろうけど、上杉さんのこれまでの功績(特に3.11以降)を改めて考えてみると、感謝の念しか浮かばないのは僕だけではないはずだ。僕はこれからも上杉さんが発信する情報をありがたく受け取らせていただきます。もちろん多様な情報のひとつとして。
9.19の脱原発5万人集会は、翌日テレビ等一部大手メディアでも取り扱われたようだ。僕はテレ朝のワイドスクランブルを見たが、特に矮小されることもなく“報道”されていたように思う。
いままで脱原発デモを散々シカトしてきた大手メディアも、さすがにノーベル文学賞受賞者大江健三郎氏の影響をシカトすることはできなかったということであろうか。いずれにしろ今回の集会の様子が地上波で流されたことで、関心の薄い人にもデモという存在が認知されたのではないだろうか。
実は僕自身それを実感している。いままで原発だとかデモだとか、そんな話をしていなかったような人たちが、“なんかすごかったらしいね”“山本太郎超タイプなんですけど~”などと話している声が耳に入ってくるからだ。そういった市民感化の点で今回の集会は大変意義のあるものであったと、第2.5線から見ても感じる。
だが反面、僕はある懸念も抱いてしまう。それは、今回の集会がこの半年間デモなどの活動を行ってきた人たちにとって、ある種集大成であり、そして結果として大いなる達成感を得られる内容であったということが、活動家の方たちを燃え尽き症候群に陥らせてしまうのではないか、ということだ。邪推極まりないかもしれないが、実際脱原発系イベントカレンダーを見ると、10月にデモはあまり行われないようだ。...だけど実際疲れるよな~と思う。半年間経って国は大して何も変わっていないんだから。僕のような人間でも徒労感でいっぱいなのに、それこそ第一線で頑張っていらっしゃる方たちの苦労は筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。
9.19の集会で太郎くん(山本太郎氏、もう太郎君って呼ぶことにする)はおっしゃていた。“デモは少しウザがられるくらいだし、署名は倉庫にぶちこまれてしまうだろう(もちろん否定する意味合いではない)。だから地元区の政治家に態度をはっきりさせよう!”って。この意見には僕も激しく同意するところである。デモに参加することはもちろん大事だが、デモを行ったからといって問題を直接解決させられるわけではない。
考えるに今後は、パブリックコメントに意見をしたり、地元区の政治家に訴えを起こしたりというような、感化のアクションではなく、具体的な変化を要求するようなアクションを考え、実行していくことも重要になってくるのだろう。
9.19が及ぼした影響が多大であるとはいえ、革命のようなものが起きるレベルではない。もっと広く、特に気づいていない若者達を渦に巻き込むにはどうすればよいのか。そもそも“独裁者のいない独裁国家”である日本で、中東諸国のようなソーシャル革命は起こりえないという話もあるが。しかし、革命の可能性を高めるには、若者のパワーは必要だろう。この半年で何も意識を持たなかった人たちを感化させる手段はないものか。
個人的にそれは「センセーショナルなエンターテイメント」ではないかと思っている。実害が及ばない限り無関心だって人は、もうエンタメで巻き込んじゃえよって、涙でも笑いでもなんでもいいからさ。
...この点についてはしっかりと考えて記事にできればと思う。
★脱原発系イベントカレンダー★
9月16日に渋谷ヒューマントラストシネマにて「チェルノブイリハート」を鑑賞した。事故から20年以上経った現在も健康被害に苦しむチェルノブイリの現状を映したドキュメント作。
1986年4月26日のチェルノブイリ事故。僕は当時1歳だった。現在に至るまでこの事故について真剣に考えるという意識、機会はなかった。人として恥ずかしい限りだ。
スクリーンには悲惨な現状が映像、証言によってまざまざと見せつけられる。健常児が生まれてくる確率は15~20%という医師の言葉、脳が頭蓋骨に収まらず後頭部が膨れあがっている子供や、大きすぎる腫瘍で手術不可能だと診断される子供の姿。何の罪もない子供たちが、なぜこのような目に合わなくてはいけないのか。涙が止まらなかった。そして3.11以降も放射能の恐ろしさをどこか甘く見ていた自分を愚かしく感じた。
このような自分が目を背けたいと思う“現実”が、近い将来の日本に起こり得る“現実”なのかもしれないという推察は、僕を絶望させる。
政府は認めた。今回の福島第一原発事故で放出された放射性物質の総量は広島型原爆の168発分。ちなみにチェルノブイリは広島型原爆の90発分という情報だ…。
少し想像力を働かせれば、これから日本の辿る絶望的な未来を憂えば、“日本の原発は安心です、再稼働をします”なんて言えるわけがない。…ん?日本の首相はそう言っているって?そんなはずは…うわ、言っている!しかも世界に向けて発信していらっしゃる!!
震災から半年経って、いまだ人のいのちより経済復興を優先的に考えるこの日本のトップたちはどうやら傀儡なのではないか、という疑惑が生まれる。どう見ても人の魂は彼らにはない。だから変えなくてはいけない、未来ある子供たちに傀儡の統治する国を残すわけにはいかない。事態は火急なのだ。
映画館から出て渋谷の街を見渡した。街を行きかう人々は笑顔で、楽しげな日常がそこにはある。「あれ、もしかしてこのまま大丈夫なんじゃね?」とか思ってしまう。日常が狂気に感じてしまった。日常があるということは、生きているということは、それだけで感謝しなくてはならないことであるはずなのに。
★チェルノブイリハート公式サイト★
1986年4月26日のチェルノブイリ事故。僕は当時1歳だった。現在に至るまでこの事故について真剣に考えるという意識、機会はなかった。人として恥ずかしい限りだ。
スクリーンには悲惨な現状が映像、証言によってまざまざと見せつけられる。健常児が生まれてくる確率は15~20%という医師の言葉、脳が頭蓋骨に収まらず後頭部が膨れあがっている子供や、大きすぎる腫瘍で手術不可能だと診断される子供の姿。何の罪もない子供たちが、なぜこのような目に合わなくてはいけないのか。涙が止まらなかった。そして3.11以降も放射能の恐ろしさをどこか甘く見ていた自分を愚かしく感じた。
このような自分が目を背けたいと思う“現実”が、近い将来の日本に起こり得る“現実”なのかもしれないという推察は、僕を絶望させる。
政府は認めた。今回の福島第一原発事故で放出された放射性物質の総量は広島型原爆の168発分。ちなみにチェルノブイリは広島型原爆の90発分という情報だ…。
少し想像力を働かせれば、これから日本の辿る絶望的な未来を憂えば、“日本の原発は安心です、再稼働をします”なんて言えるわけがない。…ん?日本の首相はそう言っているって?そんなはずは…うわ、言っている!しかも世界に向けて発信していらっしゃる!!
震災から半年経って、いまだ人のいのちより経済復興を優先的に考えるこの日本のトップたちはどうやら傀儡なのではないか、という疑惑が生まれる。どう見ても人の魂は彼らにはない。だから変えなくてはいけない、未来ある子供たちに傀儡の統治する国を残すわけにはいかない。事態は火急なのだ。
映画館から出て渋谷の街を見渡した。街を行きかう人々は笑顔で、楽しげな日常がそこにはある。「あれ、もしかしてこのまま大丈夫なんじゃね?」とか思ってしまう。日常が狂気に感じてしまった。日常があるということは、生きているということは、それだけで感謝しなくてはならないことであるはずなのに。
★チェルノブイリハート公式サイト★