さて、三内丸山遺跡には特徴的な建物があります。

 

まずは大型住居下矢印

 

『三内丸山遺跡』 青森県 特別史跡 | 天然記念物・名勝・旧跡コレクション

 

中もかなり広い。

 

私の見立てでは「集会場」

 

中で寄合やら結婚式やらをやっていたのではないかと想像しています。

 

そのすぐ近くに大型掘立柱建物があります。

 

三内丸山遺跡 | やすえサンのブログ

 

いずれも想像を基に復元されたものですが、実際にこんなものが立ってたとして何に使われたのでしょう?

 

そのように想像力を膨らませるのが浪漫というもの。

 

これにも諸説あってモニュメントとする説、見晴らし台とする説などがありますが、面白かったのは小学生が考えたバンジージャンプ台説です。

 

このバンジージャンプ台説は遺跡のガイドさんに聞きました。

 

もともとバンジージャンプは、成人の儀式が始まりだと昔のテレビ番組で知りました。

 

私はこの地が生活用品の生産地である自説も踏まえて、魚を干して干物を作っていたのではないかと考えています。

 

また、三内丸山遺跡の見学後には、大村さんに弘前城へ案内してもらって、そこでまた新たな想像が膨らみました。

 

弘前城の天守閣は三層。この写真も三層。

 

もしかして天守閣だったのではびっくりマーク

 

調べてみるとこんな復元図もあります下矢印

 

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このように色々と想像を膨らませ、その後の発掘による調査結果と突き合わせるのが歴史(特に古代史)の醍醐味です。

 

この仮説と検証のプロセスは、現代のマネジメントにも通じますよね。

 

そして、仮説といえば私は「縄文時代に固有の文字があった」との仮説を持っています。

 

この旅では、この後その仮説についての重大な発見があったのでした。