「フェルミのパラドックス」というものが知られています。
物理学者エンリコ・フェルミが最初に指摘した、地球外文明の存在の可能性の高さと、そのような文明との接触の証拠が皆無である事実の間にある矛盾のことです。
Wikipediaには、「フェルミのパラドックス」という項目があり、多数の解釈が示されています。
そして「まとめ」として次のように書かれています。
地球外生命発生と知的生物の発生とはまったく異なる事象であって、地球生命の研究から前者の確率は比較的高いが後者の確率はきわめて低いと考えられる。
この問題を科学的に理論化するために多くの努力がなされ、多くのモデルが作られた。
このパラドックスに関連する問題は天文学、生物学、経済学、哲学など様々な分野に及び、多くの学術的な成果を生み出した。
要するに、未だ分からないということでしょう。
科学とはそういうもので、前にも書いたように、進歩すればするほど分からないことが増えていくわけですが、より矛盾の少ない仮説を求めて研究するのが科学者だと言われます。
エンリコ・フェルミ(Enrico Fermi)はローマの出身ですが、妻のラウラ・カポーネがユダヤ人であったため、ムッソリーニのファシスト政権下で迫害を受けていました。
ノーベル賞授賞式出席のためイタリアを出国した機会にアメリカに亡命し、アメリカでは核分裂反応の研究に従事します。
1942年、シカゴ大学で世界最初の原子炉「シカゴ・パイル1号」を完成させ、原子核分裂の連鎖反応の制御に史上初めて成功しました。
ビジネス・コンサルタントの世界には、「見える化」とか「地頭力(ジアタマリョク)」などという奇妙な言葉があります。
その地頭力の評価として、「フェルミ推定」ということが言われます。
フェルミは、「概算」の達人で、原子爆弾の爆発の際、ティッシュペーパーを落とし、その動きから爆風を計算し、爆発のエネルギーを見積もったという逸話があります。
作家の小川洋子さんと動物行動学者・岡ノ谷一夫さんの対談『言葉の誕生を科学する』に、「フェルミのパラドックス問題」が話題になっています。
岡ノ谷さんは、「言葉を持つことが原子力の利用を可能にし、そのことで自分を滅ぼす」という「フェルミのパラドックス」に対する1つの解釈を提示しています。
つまり、原子力を操作できるだけの知的生命体は、その故に滅びてしまうということです。
水のある星・地球に原始の生命が誕生したのは、約36億年前であると言われます。
それから長い進化の歴史を経て、ヒトがチンパンジー・ボノボの祖先と別れたのは600万年前~700万年前くらい、その人類が言語を獲得したのが古くみても10万年前くらいだとされます。
そして文字の発明により、時間を超えて知識・情報を伝達することができるようになりました。
文字を印刷する技術、あるいは通信とコンピュータ技術の進歩によって、人類の知識が爆発的に増えてきました。
その成果が、原子力の解放という両刃の剣と言って過言ではないでしょう。
岡ノ谷説は、「フェルミのパラドックス」とは、原子力利用が「成長の限界」を示すということです。
そして、福島原発事故は、それを私たちに考え直す機会として示してみせたのではないでしょうか。
小川・岡ノ谷対談が行われたのが、2011年2月下旬、元になる単行本が発行されたのが4月下旬でした。
間に「3・11」を挟んでいます。
私には、「フェルミのパラドックス」あるいはそれに対する岡ノ谷さんの解釈は、福島原発事故という大きな代償を払って得た鋭い暗示のように思えます。
(T)