沢山あるblogの中から私のblogを読んでいただき


ありがとうございます😊


私には2人の娘が居ます…歳の離れた姉妹が…


娘2人は障害児であり、障害タイプは全く違くて、


病名も症状も違うのです…。


この子には出来てもこの子は出来ない…


1人1人対応も


接し方も病院もドクターも違う…あせる


そんな日々の日常生活…子育て奮闘記を書いていきたいと思い、blogを始める事にしました。



長女の事…次女の事…記憶を遡っての話や現在の状況までを少しずつ書いていこうと思います。



フォロー、いいね😊

よろしくお願いします。




ようやく、診断される。


長女のお話をひとつ前のblogに書いた続きです。


ひとつ前のblogの内容は



そして、紹介された病院に行き、担当ドクターは、頭を悩ませていましたしょんぼり

そして、第一声は、これは中々釣り上げる事が難しいギネス以上の高級魚だ!と紹介状のお手紙をみて言ったのですポーン

内心…この先生大丈夫?と目疑っしまいました真顔

それから、触診等をして…辛いよなぁショボーン痛いよなぁショボーンもう大丈夫だからお願いと娘にかけてくれた言葉…笑い泣き

連れてきて良かった…と思えたのを今でも忘れてはいません。そのドクターは私に、これから検査を幾つかしてもらわないとならないけど、まずはこの子が、今日まで耐えている痛みを緩和させてあげよう…可哀想だようーんと…。

治療法はいくらでもあるからこの子に合った治療をしていくよ。またまだ若い…これからの青春楽しめないのは可哀想だ!歩けるように頑張ろう!リハビリも地元でやるんだよ!って今後の事を沢山おしえていただきました。この先生なら、治してもらえるかも目と私も娘も光が見えたときでした。

毎月、遠方ながらも通い、、辛い検査もし、ようやく病名がついたのですが、担当ドクターはリウマチ…膠原病の一つで難病指定と説明してきたのです。完治は難しいが、リハビリや飲み薬、注射薬や点滴治療と色々な治療法はあるから大丈夫だと言われ…難病申請…など手続きしたりと本格的な治療が始まり…

私も娘も一歩ずつ光が差し始め前へ進める事が出来ました。

飲み薬を飲んでしばらくして、痛みが10あったのが8くらいになり7.…6…と緩和され、地元のリハビリにも通い娘は笑顔を少しずつ取り戻してきました。

この病気とどう付き合っていくか…ポジティブな考えを持つようになり…でもそうなっていったのも、担当ドクターだけではなく、色んな方々の支えがあったからだったのです。

紹介してくださった地元の小児科医

リハビリを受け入れてくれた地元の整形外科医

娘の転校先に手を差し伸べてくださった特別支援学校

リハビリをしてくださる理学療法士…作業療法士

不自由な足や手の装具を作ってくださる義肢の方々

車椅子を作ってくださる工房の方々

まだまだ沢山の方々の支えがあるから今があるのだと思っています。


が、しかし

そんな状況下、私は次女を出産したのですが…

次回は次女についてお話ししたいと思います。


最後まで読んでいただきありがとうございました😊