業務の切り出し。
この言葉は障害者雇用をやろうとしている企業がよく使うような言葉。

え?連休中に仕事の話するなって?笑
最近広告で、
【農園型の障害者雇用なら、業務の切り出し不要!】
みたいな、障害者雇用検討している企業向けのモノがよく表示されるんですよ笑

ワイ、障害者雇用する側ではなくて、される側、されてる側なんですけどねw

まあ色んなご意見あるとは思いますが、障害者雇用だからやらなければいけない業務の切り出しが大変って思っている時点でまあ、アレわと思うんですわ。

そもそも業務の切り出しって、例えば新入社員に出来そうな仕事を振るとか、普段から行っていますよね?
障害者雇用だけのものじゃないし、障害者でもできる仕事言うても障害や個人の特性により幅はあるからね。

話が逸れた笑

業務では無いけど、日常生活でもこの切り出し作業はなんやかんやで毎日無意識にやってるなと思います。
どうしても、出来ないことは沢山あるのでね。

家事とかも、洗濯物干すのは2階なので、どう頑張っても私には出来ないけど、食器の片付けの一部作業ならできるみたいな。届かないところも多いけど……

昭和のおじさんよりは出来ること探して家事に貢献しようおは思っていますよ、実家暮らしなのでね……笑
まあ、私がやるようセッティングする方が大変言われたら諦めますが、本音は少しでもやりたい笑
自分の気持ちの面でしょうね、この辺は。

でも、逆に自分のことで家族にお願いせざるを得ないことも沢山あるわけです。
本当は頼まず自分でやれたらどんなに楽か、思うけど出来んわけです。

例えば家具の移動とかね。
そういう時に、全て頼むのは気持ちも萎えるし、伝えるって難しいので人に頼むと思った方向に伝わらないことも多々あります。
だからという訳では無いけど、やれることは自分でやりたい訳です、色な意味で。

こういう時に、業務の切り出してきな考え方を無意識にしているなと。
例えば、棚を動かしたいなら、棚の中身を出す必要がある。
その中で、届く部分は自分で取り出してから、できない部分だけお願いするとかね。多分全部頼んだ方がきっと楽でしょう。身体的には。
でも、少しでもやれるとこ探してどうしてもできない部分だけ手伝ってもらった方が、満足度は高いんですよね。自分の手が少しでも加わっている方が、やはり気分も良い。手伝う側はどうなのかは内容にもよるだろうけど、なので自分本位の見方ではあるけど、手伝う側としても、丸投げではなくて、やろうとした結果出来ないところだけ投げてると思った方が、手伝ってやるかってならないかな?笑

トイレ移乗とかの日常動作でも同じで、ヘルパーさんとかにもなるべくは全介助にならないようにお願いしている部分です。
まあ時間の関係で難しいこともあるけどね。

出来ることは自分でやる。
そのための業務(できること)の切り出しは、仕事だけでなく日常生活でも大切なことかな思います。

仕事でも、会社側が障害者に出来そうなことを切り出すだけでなく、求職者側もこういうことはできます、こうすればできますを伝える必要はあるのかなと。

障害理解なんて言葉は昔からありますが、実際に会ったことない障害者が、何ができて何ができないか、想像ベースでは想定のズレがかなり大きいのでね。
理解して欲しいのであれば、伝える努力はやはり必要だなとあらゆる場面で感じます。
バスの乗り降りだって、前乗りの地域でも車椅子は後ろのスロープ出るとこから入ります。
前扉の幅の狭さや、前の通路の狭さ考えたら車椅子視点では前から乗れるわけないやろとなりますが、車椅子をほとんど見たことない人には分からないんですよ。
え?後ろの扉が空くの?ってことで、バス停で待っていると前側の乗客がスペース作ってくれて、後ろの本来乗るスペースの乗客たちは棒立ちだったりするんですよ。

それって、お前なんて乗せねーよ!ってことではなくて、そこから乗ることを知らないだけなんですよね。
後ろの扉開いた瞬間、あ、こっちなんだ…って感じでモーゼが来たかのように道を開けてくれる🙏
つまり知らんだけなんです、後ろから乗ることを。

無知は罪だとも言われることはあるけど、想像できないことはできない。
セレブの生活や悩みなんて全く庶民には想像できないのと同じかと思う笑

だから出かけると色々とうわーなるときもあるけど、こちらも逆に、まあ想像できないわな、仕方ないなと思うことも大事なのかもなと最近思っています。


こうすれば出来ますが上手く伝わると、

車椅子で一人で角打ち行ったりもできます!?笑


内容飛び飛びですが、切り出し作業は生活でも仕事でも、相互理解に繋がるのかもしれません。

雑なまとめwww