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前回の⑬では、身体障害者手帳も取得し、在宅生活に必要なスタッフが一通り揃い、手動式車椅子の作成からその後についての体験談でした。


心因性という当時の見立てと、進行性という現実が一致していなかったため、車椅子作成後、身体状況の変化により車椅子が合わなくなってきた頃から、なんとなく当時の相談支援専門員(以下相談員)やPT、車椅子業者などと溝ができてしまったような感覚がありました。


でも、決して相性が悪いとか相手方が悪いという訳ではなく、もし今この病名が付いているタイミングで出会っていたら、きっともっと上手くいっていたのではないかなと思うのです。


おそらく診断に沿ってみんな一生懸命私のためを思って手を尽くしてくれたと思います。

しかしそれが裏目に出てしまったというか、今ならそのように思います。


まあ今の支援の人々がかなり良い感じで入っているので、戻す気は無いですけどね真顔




相談支援専門員とは


私が相談員を勧めてくれた人の説明によると、福祉のコーディネーター的な役割の人との事でした。

話を聞いて、在宅生活に必要な支援を提案したり、実際にサービスが利用できるように手配をしたり、なかには当事者や家族からの悩み相談も受けたり…。色んな役割を担っているようです。


参考:

相談支援専門員について


私は紹介された当初はまだヘルパーさんなどの居宅介護の利用の予定が無かったので、就労継続支援施設(いわゆるA型・B型作業所)利用のための見学や利用の為の手続きや計画案や、また車椅子生活初心者だったので純粋に色んなことを相談させていただいたりしていました。


サービスを利用していると、定期的にモニタリングというものがあって、現状を伝えたり今後の目標(短期目標と長期目標)をたてたり、前回たてた目標が達成出来ているかなどを聞かれたりします。


状況によってサービスの利用状況を見直したり、作業所に必要な配慮なんかも伝えてくれたり、本当に色んな役割があるお仕事だと思います。


しかし、高齢者のケアマネとは似ているようで違う職種です。

この辺はヘルパーさんでも相談員のことケアマネって呼んでる人がいたり、厳密な違いを分かっていない人も多そうですし、私もよく説明できません(笑)

ただ、なんとなくですけどケアマネほどの権限はおそらくないのかなという個人的な感覚です。

人にもよりますが、全てを相談員を通さなければならないということはないような感じですかね?

その辺は相談員さんや地域などによっても感覚が違う可能性がありますが。




相談員との関わり


相談員にきてもらうには、基幹相談支援センターなどに相談をして、相談員を派遣というか斡旋して貰うような流れが一般的とのことです。(違ったらすみません)


私は知り合いの紹介でしたので、基幹相談支援センターとの関わりはあまりありまさんでした。

(引越し後にこの存在を知ることになりますが)


最初は福祉サービスをなにも利用していなかったので、紹介者はおそらく本当に私の生活上の相談や、利用できる福祉サービス等について相談できる人がいるといいと思って紹介してくれたと思います。


身体障害者初心者🔰なので、相談員=障害のスペシャリストと思い込んでいた私は、当時病んでたこともあってとにかく色んな相談しました。


心の問題と思われていること、それに納得が言っていないこと、仕事のストレス等言われたけど仕事は好きだったし辞めても症状改善していないこと、(当時)家族の理解がないと思っていたこと……。


家で話すと家族もいるから話しにくいからと、外に連れて行ってもらって話を聞いてもらう事もありました。


当時は親身になって話を聞いて貰えたと思いましたが、私は話を聞いてもらってスッキリしたかった訳ではなく、現状を打破するアドバイスが欲しかったです。


話を聞いてくれる(傾聴)はしてくれましたけど、相談員の中でも私はカルテ通り心の問題の人なので、特に身体的な介護を入れるとか、そういうサービスの提案もなかったのです。まだ日常生活なんとかなっているように見えましたからね……。


その後は作業所の利用をするようになり、福祉サービスを利用することになったため、モニタリングも定期的に入るようになりました。


定期的に現状を伝えていて、身体が動かなくなっていることも伝えていましたけど、一相談員では医療についてはなにもアドバイスもできないし、私の思い込みということで症状の進行はスルー状態。


でも、「病気になったのはストレスや心の問題と言われるけど、なった心の問題は自分で考えたけど分からない。でも、今この身体の状態それ自体にストレスをいちばん感じている」こんなことを必死で訴えたら、行政の「心の相談窓口」を紹介されて、同行してもらうことができました。




心の健康相談


心の健康相談窓口。

おそらく多くの自治体で開設していると思います。

多分地域の精神科医が持ち回りで担当しているのだと思います。

私の場合は予約をして、保健所かどこかの施設の一室でメンタル的な相談を受けました。


こういうのはセンシティブな相談をするので1人でと思ったけど、私が頼んだのかどうかは忘れましたけど相談員も相談に同行してました。


私は確か「今歩けない事を心の問題と言われているが、その心の問題に思い当たることがない。病気の原因が心であるか身体であるか分からない状態もストレスだけど、何よりも今思うように身体を動かせないこと、そしてそれが良くなるどころか悪くなっている感じがすることにストレスを感じている」というような事を相談したと思います。


そして多分相談員が、私の記録を元に補足説明なんかをしていたと思います。


一通り話を聞いてくれましたけど、「ここは持ち回りで無料で相談乗ってるだけだからねー」って感じのやる気のない担当医でした昇天


そして、「まずは病気の原因を見つけることがいちばん大切だと思うよ」と、今それがどこにいっても叶わなくて悩んでいるんだよびっくりマークという話を聞いていたんだかなんだかわからない解決策を教えて貰って時間になって終了したのでしたキメてる


そんなことは分かっているけど、色んな病院に行って分からないと言われ続けて、最終的には病院を、コロコロ変えるのも病的だよなんて言われて真顔

変えたくて変えていたわけじゃないのに……。


心の健康相談窓口では、結局余計に病んで終了するのでした昇天





結局自分で……


当時の相談員は、私の話を聞いてくれたり、外に出られなくて外出したいといった相談には少し車で外に連れ出してくれるなど、かなり親身に対応してくれる方でした。


B型作業所を利用して、A型に移行する時にも就職支援の担当と連携をとってくれてスムーズに進めてくれましたし、何かあれば関係者会議を開催したりと、かなりやる気のある感じだと思っていました。


しかし、身体の状態が悪くなるにつれて、

  • 入浴介助をお願いしたい
  • 介護ベッドを申請したい
  • 電動車椅子(簡易型)を申請したい
この辺の要望はあまり聞き入れてくれませんでした。

これは前回書いた通りです。


多分ですが、役所に申請を出す系のものになると渋るような感じでした。


お風呂のことも、「PTさんと私でやり方教えるから家族で対応できない?」とか。

起き上がりが厳しいから介護ベッドの話をしたけど、「朝家族に起こすの手伝って貰えない?」とか。

電動車椅子も、外出時は家族と行って押してもらえば良いとか……。


とにかく家族で!という感じでしたので、当時は本気で役所から予算を使うような要望は却下するように申し送りでもあるのかと疑いをもったくらいです笑


その辺から寄り添った対応をしてくれている!というイメージが段々と薄まり始めていました。


お風呂問題は特に切実で、作業所に通っているのに毎日お風呂に入れず、髪の毛もギトギト。周りに臭いと思われないかという不安もありましたが、何より不快感と、これだけ困っていても動いて貰えないという絶望感で作業所で気持ちが爆発してしまい、涙が止まらない状況に……。


そこで作業所から相談員に連絡してくれて、なんとか週に一回のシャワー浴を訪問看護でお願いすることになりました。


訪問看護なのは、訪問介護を利用するための手続きをしていなくて、医療保険で直ぐに利用できるのが訪問看護での入浴介助だったからです。


でも毎日外に出ていて週に一回のお風呂はしんどいので、徐々に週に3回まで増やしてもらいました。週に3回お風呂になったことにより、保険の関係で訪問リハビリは終了でした。


だから入浴はヘルパーさんにして訪問リハビリを続けることは出来ないかと確認しましたけど、最初はいいお返事はなく……。週に3回看護師さんにお風呂に入れて貰ってました。


あとから聞いた話ですが、作業所からお風呂の件を連絡したこと、あんまりよく思われてなかったようです。作業所の方に職域を越えた支援は……とやんわり伝えられたとか。。。



そんなこともあり、作業所に迷惑かけられないと思って介護ベッドと電動車椅子は自分で業者を探し(手動車椅子の業者に断られたから別の車椅子業者を探した、⑬参照)役所に行って手続きを進めました。


この時窓口で何も言われなかったので、はじめて相談員を通さなくても申請が出来ることを知ったのでした笑


そこからは相談員を通さなくても良いと思った事については、自分で役所に交渉するようになりました。当時はまだ単独で車を運転できたのでね、作業所の帰りに役所に行って相談とかしていたのです。




今考えたら、相談員は私を心の問題とみていたから、必要な支援を訴えても動かなかったのかもしれません。

過剰な支援も良くないのでね。
でも、考え方が基本的には家族で出来ることは家族でという方針だったのは間違いないと思います。
今の相談員は、家族の手を借りないで生活したいという意図を汲み取ってくれていますけど、当時は「それは無理」と言われておりましたので。

その家族の手を借りないで生活は無理という言葉で私はその後一人暮らしをする決心をすることになるのですが、それはまだ先のお話です。

今の診断名がついていたら、もう少し支援の方向性も変わっていたのかどうかはわかりません。

でも当時は、まだ障害者初心者🔰だったので、相談員の言葉一つ一つに浮かれたり凹んだりしていたのでした。

今回も長くなってしまいましたが、最後までお付き合い頂きありがとうございます🙇‍

連載まとめは下記ページよりご覧下さい!



こちらは病名不明、心の問題と長い間言われている間に進行してしまった私が、病名に辿り着ききちんとした治療やリハビリを受けられるようになるまでの記録です。


なにかの参考になれば幸いです。


今後は訪問看護師さんが見つけてくれた疑いの病気や、遠方病院まで行って撃沈したりとか、まだまだジェットコースターのような日々が続きます。


でも今は、そんなことがあったからこそ今があると思っています。


過去のことなので記憶違いもあったりして、随時加筆修正しております。


不定期更新になってしまいますが、よろしくお願いしますっスター