いつもご訪問ありがとうございます
イイネ、コメント、メッセージ、フォロー、とても励みになっておりますっっ

前回は、母の知り合いの看護師さんのおかげで急ピッチで福祉や医療の人員を揃えて頂くことができました。
前回:
まだまだ無知だったので、全て看護師さんにおんぶにだっこ状態です。
さらに医療と福祉の土台になる情報は、心因性・仮病・演技と、私の病状に則していないものでした。
本当に心因性だと言うのなら、精神科に紹介状を書いてまわすべきだと思います。心因性であれば、精神科的アプローチで症状が軽くなってくるはずですから。
しかし、心因性といいつつ精神科に紹介はしない。これは今でも不思議です。分からないけど、本当は隠れている身体的疾患がある事を疑っていたけど分からないと言えないから心因性ということにしているだけなのか、それとも仮病や演技だから精神科に紹介しても意味が無いと思われていたのか……🤔(病気のふりをする精神疾患もあるということなので、その場合でも精神科だと思いますけど)
当時かかりつけ医になってくれた病院も基本的には心因性の判断です。心因の心当たりがないと伝えても、自分の気付かない深層心理でということになります。でもそうなら精神科でカウンセリング受けたいですね。精神科行った時は必要ないとの診断でしたけど。
ですので、リハビリの指示書も心因性ということをもとにしたメニューになっていました。
私は心因性と言われるよりも、何故か心因性と同一に語られる社会に出ない為の甘えによる行為という見られ方が一番嫌でした。
甘えと心の問題は別問題な気がしますけど、何故か心の問題と言われた時に、同時に歩けないことで社会に出ないで済む、仕事をしなくて良くなる、甘えられる、つまり疾病利得だとよく言われました。
私が発症した時は、昇進と昇給を控えている時期でした。そして仕事に慣れてきて楽しくなってきた時です。そのような時に何故疾病利得を得るために歩けなくなるのか?聞いても深層心理では働きたくないと言われるだけで、まともな答えがきたことはありません。
そのような事もあり、まずは仕事を何とかしなければという思いが強くなり、最初に取り組んだことが社会復帰への道です。
本来はリハビリなどを十分にして、ADLを向上させたり体力つけたりしてから考えることかもしれませんが、心因性と見られていて効果的な治療も対策もなかったので、まずは仕事を見つけて、疾病利得という誤解を解きたいと思うようになりました。
障害者職業センター
障害者職業センターとは、
障害者職業センターは、障害者雇用促進法において専門的な職業リハビリテーションを実施する機関として位置づけられ、職業リハビリテーションの専門家として障害者職業カウンセラーが配置されている。
参考:
相談支援員か就労支援の人のどちらかに、ここに行くと仕事の適性検査みたいのも受けられるし、訓練に通うこともできると言ったことを説明され、母に連れていってもらった記憶があります。
私が言ったのは地域障害者職業センターというもので、各都道府県に必ず設置されているものらしいです。
あまり広い施設では無かったと記憶しています。
当時は車を運転出来なかったので、母と一緒に予約時間に到着すると、来客のチャイムがなっていたにも関わらず誰も出てきませんでした。
不安になりましたが、奥まで入って予約している旨伝えると、しばらく待合室みたいな所で待たされました。別に望んでるわけじゃないけど、お茶とかも出されなかったと思います

予約時間から遅れて、担当者らしき人がやってきました。ここで私は別室に連れていかれ、母は母で別の担当から聞き取りを受けたようです。
カウンセリングと適性検査
結論から言うと、行った意味があったのかな?と思うほど酷い内容だったと思います。
カウンセリングは、まずは病気や障害について聞かれます。それによってもできる仕事は変わってくるので必要な項目なのはわかります。
しかし、当時は世渡りも下手な
原因不明患者でしたので、ありのままに
「原因はわかりません、心因性と言われてるけど心当たりは無いし、精神科でも否定されました。だから病気のことは自分でもよく分かりませんが、歩けなくなって車椅子生活になったことは事実です」のように長ったらしい説明をしたら怪訝な顔をされました

ただ、データでは心因性と書かれているからか、質問が身体障害者むけと言うよりは精神障害者向けなのかな?という内容が続きます。
(予約時に相談支援員か就労支援員から引継ぎのデータが渡されていたと思います)
よく眠れていますか?とか、希死念慮はありませんか?など。。
当時はまだこの先の不安感もあったので、メンタル的にも落ち込んでいましたが病気という程ではなかったと思います。
適応障害一歩手前くらいでしょうか?自己診断ですけど

でもバカ正直に寝れない時もあるとか、歩けない不安で色々考えることはあるとか答えてしまったことで、無事に
病んでる認定されました

それから身長や体重も聞かれたのですが、立位不可になってから体重が測れていません。
しかし、どんどん太ってきていて筋力の低下もあり、体感で体重が2倍になったくらいの感覚がありそれもバカ正直に伝えました

(実際2桁キロ増えてるけど、さすがに倍にはなってないですよっ)
最後の方に、どんな仕事に就きたいかとか今までやってた仕事とかを聞かれた気がします。
そこもバカ正直に、「やりたい仕事は色々あるけど、車椅子でどのような仕事ができるのかわからないので、できる仕事がわかりません。でもやれるこのなら何でも取り組みたいです。」みたいに答えたと思います

ひと通りのカウンセリングが終わってから、適職診断が始まります。
IQテストみたいな問題を解くやつから、積み木みたいのをやったり、豆粒をはしで摘むみたいな手先の器用さのテストもあったと思いますが、全体的な内容がどうも大人向けでは無かったような……。多分知的障害の方も未成年の子も身体障害の大人も、全て同じ形式で検査をやっているのかな?という印象を受けました。
あと私左利きなんですが、それもカウンセリング時に話したはずですが何故か右手でやらされました

色々と疑問が残りましたが、テストが終了した時に一応担当者から説明があります。
「あなたの場合はまずは病気の原因を見つけることだと思います。仕事に関してはその後が良いでしょう」みたいなことを言われました

ワタシダッテデキルナラソウシタカッタヨ

母の方は、日常生活の私の様子とか、困っていることとか、どんな職業についてほしいかみたいな事を聞かれたそうです。仕事については本人任せますと言ったと聞きました。
まあ良い大人で職歴もありますからね…。
そして私がテストを始めると、カウンセリングの内容も母に伝わっていたようです。
それを聞いてえ?と思ったとか。
全体的にマニュアル通りで、個別に合わせた質問や対応はないのかな?という印象でしたし、訓練に通うこともできるけど、母の送迎が必要ということでそれはやめました。
郵送で衝撃の検査結果がやってくる
約1ヶ月後くらいに、カウンセリングと適性検査の内容と、今後のアドバイスみたいなものが郵送で送られてきました。
中身が私の話した内容とあまりにもかけ離れていたので、別の人のデータと間違えたのかな?と思うほどでした
まずカウンセリング内容について。
- 今すぐにでも実行してもおかしくないくらい希死念慮が強い
- 体重100キロオーバー
- 不眠が酷い
- 周りの人間に恨みをもっている
- 病気を受け入れられていない
ざっくりとこんな内容になっていたと思います。
なにがどうなればこのような結果になるのかが分からないレベルで、話していた内容と乖離してました
何よりも体重100キロオーバーは泣きましたね

重く感じるとは言いましたけど、実際の体重知らないから言ってないし、見た目もまだそこまでには見えなかったはずよ?
あと不眠は昔夜勤のある仕事をしてまして、睡眠のリズムが崩れていて若干睡眠障害気味になったことはありますが、眠剤を使用するほどのものではなかったです。それがどうしてこうなった?
希死念慮もです。
たしかに病気発症後、結婚すると思っていて一緒に住んでいた人間に捨てられて、実家に戻ってもそいつからの私の家族への悪口の置き土産のお陰で孤立を感じ、外に助けを求められなかった時にはメンタル的にかなりやばかった時もあります。
でも手帳を取得し福祉につながってきたところで、少しずつメンタルは上向きになってました。
病気を受け入れられていない、これは確かに心因性ということを受け入れてなかったので当てはまるかもしれません。
私の話が下手だったので誤解を与えたというレベルではなく、聞き手があまりにも歪曲して解釈していると思いました。緊張もあったし、上手く話せなかったことは確かにあったと思います。しかし、それにしても担当者は人の話を聞く能力があまりにも無さすぎたのではないでしょうか?
今後も歪曲表現には別件でもかなり悩まされることになるのですが……。
一部の人以外には私の伝えたいことは伝わっているので話し方の問題と言うより、捉える側の方の可能性が高いと思っていますが……。
また、仕事の適性検査の方も散々な結果でした。
紙のテストの方は凡人で一部かなり能力の高いものもあり、知的障害の傾向はありませんとのこと。
というか知的障害の検査もしてたのねとびっくりしました。全く説明サレテナカッタ

年齢的に、今更見つかることはないと思いますが……。ウン十年生きる前にどこかで必ず気づくと思います。
あと動作の方のテスト。こちらは散々でした。
何故か利き手を封印された上、手帳上は下肢のみの障害ですが、握力も既に1桁になっていて上肢にも症状が現れていたので、全く何にもむいていないという残酷な結果が出てきました

そして総括に、希死念慮のため精神科の受診をオススメされ、病気を受け入れるところから初めるように、といいつつ病気の原因をしっかり解明してからじゃないと仕事の紹介もできないので、まずは病気の原因を探しましょうみたいな事が書かれていました。
なんか時間もメンタルも無駄にしたような、なんのために行ったのかわからなくて、連れていってくれた母に謝った記憶があります(笑)
流石に母も内容を見て、これは違うよなと思ってくれて、一定の理解を示してくれました。
補足:全ての障害者職業センターがこうではありません
私の行ったセンターでも、実際に通って訓練をうけて就労に繋がった人もいます。
私の場合は多分職員ガチャのハズレを引いた上に、相性も良くなかったのでしょう。
さらに身体障害者としてうけたつもりが精神障害者としての内容のカウンセリングと検査を受けたと思われることとか、病名不明のこととか、複雑な事情が絡み合って残念な結果になったに過ぎないです。
地域によっては、内容が古いまま更新されていないとか、民間のサービスの方が充実しているとか、色々課題もあるかもしれませんが、基本的には一般的な障害特性にあった仕事の相談や訓練など、しっかり対応して貰えるものだと思いますので、今後利用を検討されている方はご安心ください。
私の場合がレアケースすぎるだけです
もし不安を与えてしまったようなら本当に申し訳ございません🙇♀️
今後についてどうするか
障害者職業センターで訓練が受けられるということで行ってみましたけど、内容の問題と母の送迎が必要という2点の問題で、通うことは難しいことが分かりました。
そこでまずは一般就労に向けて就労支援施設、(就労継続支援A型・B型いわゆる作業所、就労移行支援施設など)の利用を検討することになります。
A型は雇用契約を結ぶため最低賃金が保証されており、この中では1番稼げます。B型は雇用契約ではないので、工賃として月の最低保証額は当時3000円くらいと記憶してます。就労移行支援は基本的にはお仕事ではなく訓練ということで、お金は貰えません。前年の自分の収入や世帯収入によって、どれも利用料金がかかる場合もあるそうです。
金銭的にはA型事業所が魅力的ですが、当時の私は通う術がありませんでした。A型は基本的に自立度の高い人が利用するものなので、送迎などは殆どの施設で行っておりません。
B型の場合は通所が困難な人でも利用しやすい施設なので、場所によっては送迎サービスを行っています。
そのため、まずは第一歩として送迎のあるB型事業所から選んでみることにして、就労の支援員に地域の事業所のリストをもらっていくつか候補をピックアップしていきました。
リストには送迎の可否や住所、作業内容などが記載されておりますが、バリアフリー対応があるかどうかは書いてありません。
というのも、このような施設は身体障害者向けのものは少なく、知的障害や精神障害の方をメインターゲットにしている所が多いです。
なので、エレベーターのない2階にあったり、入口の段差があったり、車椅子で入れるトイレが無いなど、そもそも車椅子で利用出来る施設がかなり少なかったのです……。
障害者向け施設=バリアフリーと思い込んでいましたけど、全ての障害者に物理的なバリアフリーが必要な訳では無いですからね。
今後作業所を利用していく中で、様々な障害を持っている方と関わっていくことになりますが、これまで健常者として生活していると、障害者との関わりがなくほとんど障害者の事を知らないんだなということを、作業所探しから、作業所をりようすることによって実感することになりました。
ということで、今回はこの辺で!
長くなってしまいましたが、最後までお付き合い頂きありがとうございます
連載まとめは以下になります↓↓↓
流れ的に次回は作業所の見学からになりますが、内容的に病名がわかるまでの軌跡から若干逸れてくると思います。
ただ、病名不明期間の仕事探しの体験談は情報としても重要と考えます。
そのため、番外編になるかもしれません。
今後も不明期間にあった出来事の中で、病名探しから脱線する内容に関しては、番外編として運用していく予定です。
まだまだ未定な部分も多いので、有言不実行の可能性もありますがっ
過去を整理しながら書いているので、随時加筆修正したり大幅に変更することもあるかもしれません。
そんな行き当たりばったりな振り返り日記ですが、今後ともよろしくお願いします