障害者になってスポーツに目覚める
転機はまさかの身体が動かなくなったことです![]()
最初の頃はまだ手動車椅子スイスイこげていたし、車椅子のイメージがパラスポーツか病院のイメージしか無かったんですよね![]()
逆に言うと普通に車椅子で生活している人の生活像が全く想像できていなかったというか……。
中途障害者になって、今まで障害者と健常者って分けられていて、全く接点がなかったんだと改めて実感しましたね。
だから自分が当事者になっても、生活のイメージが全く湧かなかったのです。
そんな極端なイメージだったので、私は病院系よりもスポーツ系の車椅子ユーザーになりたいという謎の動機により、近くでやっている車椅子スポーツの体験会とか見学とか、色々参加してみました。
最初はガッツリ激しい系スポーツの代表格、車椅子バスケの見学をして、身体能力の違いに凹みました、というか病みました
あれは四肢麻痺にはキツいし、当時は病名不明でしたけど、症状的に振動に弱かったりするので出来ません。
水泳は、クラス分けが細かいのでしっかりとクラス判定してもらえればまあまあ可能性は秘めています。
しかし、水着に着替えたりプールに入ったりするのに介助者が必須です。
一時期知り合いの看護師さんが完全ボランティアで連れていってくれましたけど、コロナや忙しさにより通うのが難しくなりました。
他にも色々体験しました。
近所になくて出来ないのですが、カーリングと射撃も気になっています。いつか機会があれば体験してみたいスポーツです。
私の身体能力で出来るのかは分かりませんけど
多分無理ですけど![]()
色々体験しているうちに、とあるスポーツの体験会でビギナーズラックなのか、初心者とは思えないとめちゃくちゃ褒め称えられました![]()
本気でやればパラリンピックも狙えると、体験1日目の私に皆さん言ってくださるのです![]()
今考えたらただの勧誘ですけど、見事にひっかかってそのまま参加し、結構ガチで練習しました![]()
一応地域の強化選手にも選ばれて、小さな大会では優勝しまくってて、本気でパラリンピックを考えました![]()
これはメダル等の一部です🏅
1番いい色しか飾ってなかったです![]()
その他にも賞状とか一応ありました![]()
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競技歴短いくせにだいぶイキってましたね![]()
全部小さな大会なのにね
地元新聞の取材とかもありました![]()
今では完全に過去の栄光となってますけど、一応引退はしてないのです![]()
練習出来てないくせに無駄に会費払ってるし…。
私の病気の進行は階段みたいなイメージで、しばらく落ち着いてると思ったらガクッと落ちるみたいな感じなのを繰り返しているイメージです。大体一定周期で落ちてく感覚がある気がしますけど、無理をするとその周期が早くなる感覚があります。
なので練習で負荷をかけすぎたことで、大きな大会前にガクッと落ちる進行がやってきてしまいました。
競技を続けられないレベルまで一気に落ちた感じで、大きな大会で全く成績を残せず……。
その前から予兆はあったのですが、周りからはプレッシャーに負けたと思われてしんどかったですねえ![]()
私昔からあんまり緊張とかしないタチなので、緊張だねって慰められてもなんともしっくりこないというか……。まあ大会前に進行したと言っても、スポーツの世界ではそれはただの言い訳ですので、結果を受け入れるしかありませんが。悔しくて今でも立ち直れてないかもしれません![]()
悔しさをバネにして、次に生かせることが出来ない状況ですのでね。
本当はそこで成績残して、その先のプランを考えていたのが完全に白紙になり、今では練習に行くことも難しくなってしまっています。
今は復活の為に治療を頑張ると言っても過言ではありません💪
ただ、無理するといけないので、復帰出来ても練習量は確保出来ず、質を求めていくしかないと思いますが。
前世は野球選手だったらしいので、今世でもまたスポーツ選手として復帰出来るように頑張りたいものです。
主治医的には微妙な顔してましたけど😅
QOLも大切ってことで![]()
全体の生活での負荷を減らせば、練習である程度負荷をかけても大丈夫という理論で、車椅子をフル電動にしたり、ヘルパーさんに頼る部分増やして生活での負荷を減らし、練習に余力を残す作戦を数年のスパンで考えてます![]()
運動嫌いだったくせに、障害を持った途端に運動に目覚めるとはなんと皮肉なことでしょうね(笑)



