こんばんは。
いつも読んで頂きありがとうございます!
仕事復帰して初の週末です!
流石に今週は予定は入れていません。
しかし移動支援の実績も積み上げたいし私も出かけたいしなので、慣れてきたら少しずつお出かけ増やす予定です![]()
体力つけるのが多分1番の課題だけど1番解決しない問題なんだろうな![]()
訪問リハビリは、ずっと希望をしていたのですが、大人の事情でずっと利用できずにいました。
しかし、今回(多分)期間限定ではありますが大人の事情が解消されたことにより、訪問リハビリが入れるようになり、今回は契約と聞き取りでPTさんと色々お話させて頂きました![]()
最初の訪問リハビリ
訪問リハビリを受けるのは、実は7年くらいぶりだと思います。
今後病名がつくまでの軌跡シリーズにも出てくる予定ですが、障がい者手帳を何とか取得し、訪問リハビリのサービスも使えるようになったので、当時は少しでも回復させたいという意図でリハビリを入れました。
当時の担当の方もすごく良い人だったんですけど、医師からの指示書には精神的なものと記入されてたため、無理をしてでも動かしたり、動かせないと言っても気のせいだと動けるまで待ってみたり、精神論ととにかく甘やかさないようにみたいな感じで、病名がついた今考えると悪化させる方向のやり方になってしまっていたと思います。
もちろん当時はそんな意図は全くなく、少しでも筋力を維持、そして向上させる為に頑張った結果だと思うのですが……。
結果的に病気の進行もあり、リハビリを続けていくと良くなるどころかどんどん悪くなっていきました。そうなるとお互い気まずいです。そして当時の私はまだ病んでましたから、色々感情もぶつけてしまいました。
それも精神の症状だと、受け止めてくれましたけどなんか違うんですよね。私は身体のことに関しては精神的な物だと思ってないですけど、あちらは精神的なものとして話を聞いてくれるので、噛み合わないしフラストレーションが溜まってしまう結果になってしまうのです![]()
結局リハビリは私が就労支援施設に通い始めたこととか、訪問看護で入浴サービス利用する方を優先させるために1年程度で終わってしまいましたが。
きっともし当時病気が分かっていれば、当時の担当の方とももっと良い関係が築けたんじゃないかと思うのです。
そう考えるとなんたが寂しく感じます。
出会った時期が悪かったみたいな……。
まあそれは当時の関係者ほぼ全てに当てはまる事なんですけど。
リハビリも病名もない期間
その後はしばらくリハビリは訪問も通所も出来ませんでした。仮の精神の病名も症状悪化に伴いなくなり、不明に戻りました。良いんだか悪いんだか。状態が悪くなったことで精神的なものとは言われにくくなってたんですよね。でも病名がないとリハビリ断られるし、どこにいってもまずは原因究明が先でしょ?と言われてリハビリ利用できないので、仕方が無いのでずっと自己流で動いていました。
原因究明が先なのは分かりますが、もういくつもの病院を回っても進展がなかったため、当時は諦めかけてたのです。そのまま不明でも良いと思ってました。
元々器用な方なので、身体が動かなくなっても残存能力でこの麻痺レベルでは普通は出来ないと言われるような動きをキモイ動作でこなせてしまったのです。それも言ってる症状と動きが一致しないと仮病疑惑に拍車をかけてしまったこともありますが![]()
それを当たり前にやっていたけど、その後病名がついてちゃんと病状に合わせたリハをはじめたとき、療法士さん絶句してました、そして今すぐやめてお願いだからと言われました。
それくらいヤバい動作で何年も生活をしてました
無知って怖いしリハビリって本当に大切ですね
まあリハビリ求めても出来なかったから仕方ないんですけど![]()
でもそんな感じのキモくてNGな動作でも一応出来てしまった為、そして当時は誰にもそれをダメだと言われなかった為、介護区分認定などである意味不利に働いてしまったり、当時住んでいた地域の福祉が充実していなかったりして、かなり体に負担をかけてしまう結果になりました。
にも関わらず、自分はある程度のことは何でもこなせると思っていました/(^o^)\
無知ってコワイ![]()
このあと、「病名がついて入院先で久しぶりのリハビリ(仮)」と、「7年ぶりの訪問リハビリのはじまり(仮)」のsectionの予定でしたが、長くなってしまったので後編に続く形にしたいと思います。
後編は以下の記事に続きます⬇️
お詫びに可愛い🌈🐶




