リヒャルト・シュトラウス:

交響詩《英雄の生涯》作品40

ロリン・マゼール 指揮

クリーヴランド管弦楽団

(1977,CBS/SONY)

 

 

岡本太郎の題字の帯が躍る、カッコ良いジャケット。先週、買った。

 

(私の好みからは外れる)リヒャルト・シュトラウスのLPをどうして買ったのかというと、ただ単に「懐かしかった」からだ。

 

このアルバムのコンパクトディスクを、僕は高校生の時に購入していた。しかし、今は所有していない。どの時点で手放したのかはよく覚えていない。

 

一方、買った時のことはよく覚えている。当時のCBS/SONYのCDの帯は、紙で工作された「箱形」だった。「ベスト100」の中の1枚であったと思う。3,000円と、新譜よりも廉価だった。これが購入の第一の理由。

 

第二の理由は、友人の「K」に薦められたからだ。僕はそれを鵜吞みにした。「K」は(自室で頸動脈を切らない代わりに)ホルン吹きだった。今なら「ホルン吹き、マーラーとリヒャルト・シュトラウスを薦めがち」という説を100%支持するが、当時はそんなこと知る由もない。

 

ちなみに「K」には「Y」という彼女がいた。同じホルン吹きの後輩だった。かわいかった。ずっといちゃいちゃしてた。くそーっと思った僕は猛勉強して大学に受かったが、毎日いちゃいちゃしていた(=妄想)彼は、最終的にどこの大学にも受からなかった。僕は密かにガッツポーズをした。

 

「K」は、僕にないものを全部持っていた。容姿も音楽的才能も、そして彼女も。

 

「K」が「良い!」という音楽について、僕が「分からない」と言うのはなんか苦しかった。無理してでも僕はリヒャルト・シュトラウスを聴いた。そして「いい曲だね」と感想を合わせた。

 

そんな曲を2025年のいま、レコードで聴く。

 

クリーヴランドの響きが重厚で煌びやかだ。オケもそうだが、ホールと録り方がゴージャス。

 

感動したのはそれだけではない。ちゃんとB面の最後まで聴けたことだ。あれから38年経って、僕は成長していたのである。これは嬉しかった。

 

「K」は、若くして「Y」と結婚した。その後、連絡は取っていない。元気に暮らしているだろうか。久しぶりに消息を訪ねてみようかな。そんな気分になった。