ベートーヴェン:

交響曲第9番ニ短調作品125

 

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(1979,音源:NHK)

 

 

今日から師走。年末の慌ただしい時季を迎えた。先月、たまたま入手してあった最高のCDを愉しもう。

 

1979年10月21日、今は無き「普門館」で行われた来日公演のライブ録音である。「録音芸術」の面白いのは、往時の空気感までパッケージングされて、たっぷりと残されているところであろう。このCDなどは、ベートーヴェンの音と、カラヤンの音と、ベルリン・フィルの音と、普門館の音と、1979年の音が、すべて入っているように感じる。

 

これを、当時、会場で、またはNHK-FMの電波に乗った放送音声として、現実に聴いていた人がいたのだと思うと、なんだか不思議な気がしてしまう。それは、私が当時まだ小学4年生で、FMエアチェックもオーケストラも「知らない」子供だったからなのだろう。要は、遠い世界のオハナシに思えてしまうのだ。

 

カラヤン&ベルリン・フィルによるスタジオ録音の「第九」のCDを、私は(1960年代、1970年代、1980年代の)三種、すべて所有している。どれもそれぞれに良さがあると思うのだが、それにしても、当盤の演奏の凄まじさは、ちょっと異常だと思う。

 

それはライヴ盤だから、という理由だけに帰してしまってはいけないような気がする。では、いったい何なのか。

 

当CDのブックレットに、元NHK音楽部洋楽担当部長:前和男氏の手記が残されている。それによると、この録音はNHKにとっても、次のように特別なものであったことが理解できる。

 

・全日程(9公演)の中で唯一のFM生放送であった。

・同時にPCM方式デジタル録音の第1号であった。

・FM放送の本放送が始まって10年目の節目であった。

・年末に放送用デジタル回線が全国に開通予定であった。

 

メイン録音機は、NHK/三菱電機の技術提携によるデジタル・ステレオ。固定ヘッドによる16ビット、標本化周波数50.4kHzのパルス符号変調(PCM)方式。予備録音機に、Uマチックテープ、ベータテープ。

 

収録は、基本的にワンポイント方式で、マイクロホンは次のような配置。

 

・メインは、ノイマン SM69-i。

・ホールトーンは、ノイマン KM88-i。

・補助(ステージ上)は、サンケン CU31、CU32。15本。

 

NHKの収録を「素肌」だとすると、今回のドイツ・グラモフォン社による、ハノーヴァーのスタジオでのリマスタリングには、「薄化粧」が施されているようである、と前氏は言う。

 

例えば、ステレオの定位感、遠近感が自然になり聴感上の解像度が驚くほど向上したのだという。最新のエコーマシーンによるリヴァーブ(残響)も加味されているのだろう、としている。

 

そのうえで、「リマスタリングを担当したディレクターとエンジニアの耳と音楽的センス」に最大の賛辞を送る。

 

「ベルリン・フィルハーモニー(管弦楽団)の魅力である重心の低い音の響きと豊かなパースペクティヴを獲得しており、原録音に入っていた会場ノイズや雑音さえも注意深く取り除かれている」…

 

このようにして手間暇かけたCDの音が、悪かろうはずがない。

 

日本とドイツのエンジニア諸氏の努力によって、いまこうして自分が録音芸術を心から愉しめているのだと思うと、本当に感謝の気持ちでいっぱいになる。