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チャイコフスキー:
交響曲第4番ヘ短調作品36
交響曲第5番ホ短調作品64
交響曲第6番ロ短調作品74
 
ヘルベルト・フォン・カラヤン 指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(1976,1977,DG)
 

 
中学の時も高校の時も、なぜか音楽の先生に可愛がられた。
 
中1の時の河原先生は周りの生徒には怒っても、ボクには寛大な心で接してくれた。マジメに授業を受ける姿勢(のような顔つき)をしていたからだろうと思う。お蔭で良い成績をいただけた。
 
中2・中3の時の先生(お名前を失念)は、ボクを体育祭の歌の指揮者に抜擢してくれた。音楽的な力は何もなかったのであるが、きっと「コイツなら喜んでやるに違いない」と踏んでのことであったろう。ボクは完全に乗せられていた。
 
高校の音楽の先生はヘンミちゃん。新卒2年目かなんかで、なぜか女子から人気があった。授業の3日前くらいになると、そのヘンミちゃんがボクを捕まえて、「ねえ、なんか面白い鑑賞教材ない?」って訊いてくる。で、「ありますよ、レインボーっていうハードロック・バンドがベートーヴェンの第九を演奏したヤツ」とか、「昨日のNHK教育で放映していたレニングラード・フィルの来日公演」などと答えると、ヘンミちゃんは我が意を得たりという表情で「それいいじゃん! 授業の時テープを持ってきて!」とボクに依頼するのであった。いま考えたら、単なる教材研究と授業準備の手抜きじゃん…って思うのだが。
 
ということで、高2の時だったか、視聴覚室でレニングラード・フィルの来日公演のビデオを鑑賞した。曲はチャイコフスキーの交響曲第4番、指揮者はマリス・ヤンソンスだった。オレとか吹奏楽部員は感動して観ただろうが、クラスのそれ以外のヤツにとっては拷問だっただろうな、思い返すと。
 
というわけで、高校の時、毎日のように聴いていたのがチャイコの4番と、ショスタコーヴィッチの5番だった。レコードなんてそう易々と買えないから、FMからエアチェックした音源を聴いていた。上に記したレニングラード・フィルの来日公演のカセットテープを一番聴いたと思う。
 
しばらくして、初めて買った「チャイ4」のCDが標記のカラヤン&BPO盤だった。グラモフォンのベスト100みたいなシリーズに入っていたヤツである。一般的にはCDは3,500円したが、そのシリーズだと2,000円台だった。
 
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CDは音が良かった。ゴージャスで曇りがなくてダイナミックレンジが広くて最高だった。演奏もカチッとしていて隙のないサウンド…。
 
よくよく考えれば、それらの評言はCDの特長というよりはカラヤン&BPOの特質なのであった。ともあれ、本当によく聴いた。仮にカセットテープ媒体であったならば、早いうちにワカメになっていたことであろう。
 
先日、標記の後期交響曲集(第4~6番)を買い直した。6番のこの時期の演奏を聴いたことがなかったからだ。1971年のEMI盤と1984年のDG盤(ウィーン・フィル盤)は所有していたが、この70年代のDG盤は未聴だった。僕がCDを買い出した頃には廃盤ではなかったか。ウィーン・フィル盤ばかりがCDショップで目についた記憶が残っている。
 
4番は「懐かしい!」で済んでしまうのであるが、初めて聴く「6番」(悲愴)の演奏は凄まじいオケのエネルギーに身震いする。(ああごめんなさい。84年のVPOも良いけど、77年のBPOの方がもっと良かったです)
 
《悲愴》は、初めて買ったCDがマゼール:クリーヴランド管(1980年)。カラヤンの77年盤を聴くと、テンポ感など、鳴らし方の共通点が随所に見られる。これは単なる偶然なのか、それともCBSソニーの商魂的確信犯なのか。
 
実はカラヤン&BPOの《チャイコフスキー前期交響曲集》も入手してある。レビューはまたいつか。