今朝、成人した
娘を迎えに行った時




私、もうたくさん
娘に与えていたよな。。。



ふと
そう思いましたおねがい




朝の忙しい時間に



娘が帰ってきてから

車で出掛けるからと

娘の車の雪かきをし


一旦部屋に入るからと
部屋を温めて


迎えに行ったけれど
高速バスが天候で遅れ
車の中で来るまで待って


出掛ける前に
雪かきを手伝ってもらおうと
思っていたけれどバスの遅れで
頼めない状況。。。プンプン




こんなに娘のことを
いつも思いやれていることに
自分で気づけた時に



私、もうたくさん
娘に与えていたよな。。。

そう思えましたおねがい




娘には小さい頃
手をかけてあげられなかったという
私なりの負い目があり



娘も
私に対して子どもの頃の
不満があることは
態度からわかっていましたショボーン




子ども達の成長に伴い
私にも余裕が持てるようになったので
私なりに娘に対して
今ならできることをやっていました



でも
やってもやっても
満たされない。。。




やってもやっても
お互いに満足できない
何かがありましたショボーン




今朝ふと
私、娘に与えているよな。。。




そう思えた時、
私も母からたくさん
与えられていたよな。。。
そう思えましたおねがい



それと同時に
私の娘への足りない感覚は
私の母に対する
まだ足りない



その思い込みが
この現実を創り出していた事にも
気づきましたガーン




本当は
もうとっくに
満たされていた。。。



それが
今の答えで
まだ足りない



今まで握りしめてきたけど
もう手放してもいい
思い込みだったことに気づきましたおねがい




人の思い込みの力は
とてつもなく凄いと
改めて思いました




まだ足りない。。。
そう思い込んでいるうちは
どれだけもらっていても
もらっているうちに数えない



それは、なぜ?



まだ足りないと
思っているうちは
もらって当たり前
だと思っているから



どれだけもらっていても
もらったことにカウントされず



カウントされるものは
自分がもらって嬉しいと
感じるものだけだからチュー




だから
満たされることがなかったと
気づくことが出来ましたおねがい




当たり前は
当たり前じゃない



どれだけ親に対して
傲慢だったのか?を
また見せつけられましたガーン




今まで親に対して
やってもらって当たり前だと
思っていたことを
これから書き出してみますおねがい