日本不動産鑑定士協会連合会の要請があって

5月に能登半島地震の住家被害認定調査の支援に行ってまいりました。

当該支援に活躍する不動産鑑定士の先生の姿をSNSで拝見し、

私も人様の役に立つため支援に行きたい!と思い、すぐに行動に移しました。

私サラリーマン不動産鑑定士なので、色々と制約があるため、

しっかりと会社の了解をとってから

後ろめたいことは何もなく

有給休暇を取って行ってきました。


金沢駅はインバウンドにあふれ

『本当に被災地か?』と思いましたが

レンタカーを借りて現地に向かい、

駅から50Km離れると

道路が隆起したり陥没してたりしました。


支援の自治体は、1番被害が大きかったとみられる珠洲市の担当となりました。

宿舎は能登空港に隣接する高校の寮でした。

現地はそこから車で45分程度かかり、

朝7:30に宿舎を出発し、帰宿舎は21:00を回りました。

現地は道路が無くなってたり、

『橋損傷あり』という立て看板がある橋を渡ったり、

アスファルトの道路が地震で砂利敷になってたり、

被災者の要請で半分倒壊している家屋に入ったりと、

私幼子4人いるのに

『生きて帰れるか?』と本当に思いました。

極めつけは、

私、目の難病を発症してしまい、

夜盲なんですよね。

暗いところは見えません!!!

支援作業の帰り道、

夜真っ暗中、

もちろん街灯もなく、

道路が損傷しているところをハイビームを駆使して運転しました。

先輩不動産鑑定士の先生には、

途中の食事処(8番ラーメン)に到着が遅かったので、

『よかった!』

と到着時に心配されました。

(野菜ラーメンおいしかったー!)

ちなみに会社からは業務時は運転しないようにと言われてます。

(ごめんなさい)


被災地3日目ですか、印象的だったことがありました。

ニコニコしている奥様が立会でいらっしゃいました。

全壊した隣の小さい家屋を調査してたのですか、

県の職員さんが奥様から

『ここ(全壊家屋)で娘が亡くなったんですよね。でも、他の方が生きててよかった』

と聞いたそうです。

私、そんな気持ちには到底なれないと思いました。


日程は3泊4日、作業はあとの3日間、

最終日はギリギリ15時くらいまで支援作業して

終電に間に合う新幹線で帰りました。


最後に

珠洲市のお寿司は美味しいそうです。

いつかは家族で行ってみたいと思います。