8月26日(土)、27(日)は、山梨県富士吉田市で「吉田の火祭り」が開催され、1日目だけ観に行って来ました。

 

日本3奇祭、日本10大火祭りのひとつなんだそうです。

 

お祭は、毎年固定の日程で8月26日~27日の2日間に渡って行われます。(土日でやるのかと思ったら今年がたまたまだったようです。)

 

26日に御神輿が神社から御旅所に行き、27日に神社に戻って来るという一般的なお祭のパターンですが、火を燃やすのは1日目のみで、2日目は氏子が「すすきの玉串」を持って神社に戻ることから「すすき祭り」という別名で呼ばれています。

 

北口本宮冨士浅間神社と摂社の諏訪神社の例祭ですが、この神社は富士山の吉田口登山道の入り口でもあります。

 

神社の門前は、昔は富士登山をする冨士講が宿泊し、その案内、お世話をする御師(おし)と呼ばれる人たちが居を構える町でした。

 

夏の富士登山シーズンを終える(山仕舞い)に当たり、山の神様に感謝するという意味合いのお祭りです。

 

そのため、富士吉田の人たちにとっては、火祭りを終えると夏が終わり秋に向かう節目のイベントでもあるようです。

 

 

車で千葉市から富士吉田市まで行きましたが、臨時駐車場(無料)の吉田小学校に駐車しました。(14時から駐車場がオープンしますが、30分ほどで満車になりました。ちょうど満車になるギリギリのタイミングで入れました。)

 

まず御師だった旧外川家住宅が公開されているので、見学させてもらいました。

世界文化遺産「富士山」の構成資産のひとつです。

 

火祭りのメインストリートになる本町通りの沿道には、火をつける大松明が一定間隔で横に置かれて準備されていました。(地元の企業が中心になって、お金を出して奉納しています。)

 

白い板と土は、大松明を立てる時の土台として使うようです。

 

本町通りの突き当りを曲がるとすぐに北口本宮冨士浅間神社の入り口があります。

 

まず神社に参拝します。立派な富士山大鳥居です。

神社の社殿が建てられるより前の神話の時代から、富士山を遥拝する場所に建っていた鳥居です。

 

既に神事は始まっていて、御神輿の準備がされていました。

ほどなく神様の御霊を御神輿に移す儀式が執り行われました。(この儀式は神聖なものなので写真撮影できません。)

 

御神輿は2基あり、一般的な形態のものが明神神輿、ちょっと変わった朱色の富士山の形をしたものが御山神輿です。

 

威勢のいい発声に合わせて、御神輿が動き出します。

 

 

17時を目安に、御神輿が神社を出発しました。

 

御神輿が通った後に、すぐに参道にいくつもの大松明が建てられます。高さ3mあります。

 

御山神輿は、途中で神輿を地面にたたき落とします。これは山の神様に静まってもらうことを祈願する意味があるようです。

 

御神輿が本町通りまでやってきました。ここから御旅所に向かいます。

 

御神輿が通ったところから、大松明が土台を作るところから始まり急ぎ建てられていきます。

この段取りは手際よく、素晴らしいものがあります。

 

 

本町通りの約2kmに渡って100本以上の大松明が一直線に並ぶんです。

 

大松明の間に、薪を井桁型に組んだ松明も置かれますが、18時20分頃からそこに点火されていきます。

その後に18時30分頃からは、大松明にも点火が始まります。

 

係りの人が大松明を奉納してくれた企業の代表者を紹介し、その音頭に合わせて、代表者が棒の先にぶら下げた種火を置いて点火します。

うまく火が付くと、周りから拍手が起こります。

 

大松明はゆっくりと燃えていきます。

 

時間の経過と共に、炎は大きくなっていきました。

 

 

お囃子があったり踊ったりということはなく、基本は静かに燃えていくのを見守るというお祭のようです。

(御旅所での神楽の奉納、ステージでの三味線などの演奏などはやっています。)

 

20時を目途に退散させてもらいました。帰り際にちょうど雨も降りだしました。

 

大松明は22時頃までに燃え尽きるようです。

 

そしてその日のうちにきれいに清掃されて、道路の交通規制も解除されます。

 

短時間でこれだけの大規模な松明を使ったお祭を滞りなく行なうなんて、運営される側も大変だなと感じました。