電気グルーヴ『TROPICAL LOVE』感想「柿の木坂」謎歌詞 絶対 「顔変わっちゃってる」 | A Flood of Music

TROPICAL LOVE / 電気グルーヴ

 電気グルーヴの13thアルバム『TROPICAL LOVE』のレビューです。12th『人間と動物』(2013)からは4年ぶりとなりますが、そんなに空いていたのかと驚きました。

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 …と、相当久々のはずなんですがあまりそんな気がしません。シングル『Fallin' Down』(2015)を挟んでいることと卓球ソロアルバムの『LUNATIQUE』(2016)があったからかな。それとも毎週『ピーエル瀧のしょんないTV』を観ているからだろうか。笑

 でも考えてみれば11th→12thも3年半空いていたし、当時はまだそこまでファンじゃなかったけど8th→9thの8年ブランク(企画盤を除く)に比べればたったの半分ですね。

 当ブログを立ち上げた時(2010年)には既にファンでしたが、以降のアルバムリリースがブログ休止期と重なっていたため電気の単独レビュー記事は今回が初となります(「今日の一曲!」を除く)。元メンバーのまりんの記事は書いていましたけど。


 先に軽く総評を書きますが、本作を聴いてまず思ったのは「本当に2017年のアルバムか?」ということです。古臭いとディスっているわけではなく、褒め言葉。

 8年ブランク明けの9th『J-POP』(2008)以降はリリースの度にきちんと時代の音に合わせているという印象でしたが、本作は8th以前の作品だと言われても違和感がないような懐かしさのあるサウンドではないでしょうか。

 加えてとてもコンセプチュアルだとも思いました。生っぽいというか異国情緒があるというか、タイトル通りトロピカルな質感が全体的に漂っていると感じた。このあたりのことは最後に改めて書くので、とりあえず収録曲を見ていきましょう。全10曲です。


01. 人間大統領 / Ningen President

 "人間はすべて大統領"という衝撃的な宣言から始まる一曲目は『伊集院光のてれび』(BS12 TwellV)のテーマソングです。番組の内容は知りませんが書き下ろしだそうなので、間奏にTV番組のMCっぽいのが入るのは狙った遊び心でしょうか。笑

 イントロは鳥の囀り・蛙の鳴き声・虫の音・水音とジャングルっぽい音がサンプリングされていてまさにトロピカル。コテージに泊まるとこういうサウンドスケープに出会すよね。特に朝と夕方。

 そんなアンビエントな空気を激しいビートが打ち破り、歌唱スタート。瀧の声が入って一気に電気っぽさが出ます。ヴァース―コーラスというか2種類の単純なメロが交互に出てくるシンプルな構成ながらも、言葉選びが相変わらず上手いので非常にダンサブルな仕上りに。


 反面トラックはとても凝っています。イントロもそうですが色々な音が鏤められ次々と交代していくので飽きません。ストリングス?のフィルインも実に電気っぽいと思うし、"ウッ、ハー"も癖になる。底にはKenKenのベースによる確かなグルーヴがあって安心できるというのもデカい。

 中でもいちばん好きなのは2:34~3:01の雰囲気が変わるパート。全体的にはコミカルな印象の曲だけどここは単純に格好良い…と同時に狂気を感じるのが好き。"さあ続いてはなんと双子の大統領です"に潜む怖さよ。


02. 東京チンギスハーン / Tokyo Genghis Khan

 "東京"と"チンギスハーン"。何だそれとつっこみたくなる組み合わせですが、そのインパクトに見合った怪しい魅力と中毒性を放つトラックです。歌詞もそうですがちょっとホラー入ってるよね。笑

 基本的には"東京チンギスハーン"の連呼を軸に瀧の"最高"とまりんの"逃げて"で突き進むノリのいい曲ですが、全体的に音が不穏で妙な緊張感に包まれています。中盤の"奴が来る"のパートで緊張は極大になりもはや恐怖。ここを聴いた後だと"逃げて"が凄く迫真に思える。

 クレジットからギターウルフの「涙のタイムマシン」(『火星ツイスト』(2007)収録のほう)がサンプリングされていることがわかりますが、最初のカウントアップのことかな。"4(Go?)"の語末(母音)がザラっと伸ばされるところに卓球らしさを感じた。


03. 顔変わっちゃってる。 / Kao Kawacchatteru.

 本作でいちばん気に入った曲。ヘビロテの止め時がわからないぐらいにツボでした。全ての音がビートを刻んでいる感じというか、ベースラインとウワモノが渾然一体となってグルーヴを醸しているのでとんでもなく踊れる。

 同一のフレーズをゴリ押ししていくパワー展開なんだけど、音の重ね方が絶妙で次々と印象を変化させていくので、そこに「顔変わっちゃってる。」感を見出しました。


 メロディもとても好みです。本作で唯一Aメロ→Bメロ→サビのわかりやすい構成を持っていますが(Bは変則Aという感じだけど)、全編通して浮遊感があって心地好い。コーラスワークの妙もあるでしょう。

 特にBの"解りきっちゃってる YO!"のフラフラした感じが堪らない。単純なAに引っ張られるとBが歌いにくくなるといった不安定さがあるよね。サビの"全身のKeyが触れる"の曖昧さも芸術的だと思う。

 アレンジ面でもシンセの揺らぎが気持ち良かったり間奏の中華風の旋律が幻惑的だったりと、とにかく全体的にアンステーブルなのがこの曲の魅力ではないでしょうか。いちばん目立っているプワプワした音(0:48~登場するやつ)の空間支配力も功労賞モノ。


 歌詞も面白くて好き。"ジョニーラモーンニギターソロナシ"と"ジョニーマーワギターガウマイ"は洋ロック好きならにやりとできますね。笑 最初の"安全地帯だって真っ赤っかだもん"とか2番の"ウルトラソウル 持てるか疑問"とかシニカルなやつも上手い。


04. プエルトリコのひとりっ子 / Puerto Rico no HITorIKKO

 発売前にいちばん気になっていたタイトル。電気の曲には国名や都市名がよく登場しますがまた増えましたね。01.「人間大統領」にも"プノンペン"と"ベネチア(グラス)"が登場しますが、言葉が持つ響きを巧みに利用するのも職人芸の域。

 ということでこの曲はライミングが素晴らしいです。歌詞カードを見なければ日本語であることも忘れてしまいそうなぐらい響きに特化していると言えます。特に"実家跡取りっこ"は分かったうえで聴いても日本語に思えないほど。

 メロディは至ってシンプルでサビしかないような感じですが、全体の胆となるメロというだけあって綺麗ですね。童謡やわらべ歌にありそうな和風の旋律。ボーカルにトミタ栞が参加している曲の1つですが、彼女のあどけない声も世界観に巧くフィットしています。

 トラックはディスコ風味でとてもお洒落。メロ部分をサビとするならトラック自体がA・Bメロを担っていると表現してもいいくらい独立して素敵です。特にチョップされたピコピコ音(1:07~)に耳を擽られるのが癖になる。


05. 柿の木坂 / Kakinokizaka

 電気にたまにある歌詞が真面目で物哀しい曲の登場。…と思いきや、後半でガラッと明るい雰囲気に変わるので驚きました。長尺ナンバーで8分近くあるものの哀愁漂う歌唱パートは2分近くでおしまい。

 "金曜の夜でした/雨の日でした/懸命に思い出した/涙こぼした"。状況を想像すると胸を抉られるような想いがしてくる切ない歌詞ですが、こういう想像させる歌詞も実は卓球の得意とするところだよね。

 歌パート以降はドラムの魅せ場が暫く続きますが依然トラックは切ないままです。しかし4:37まで進むと明るい音が入ってきて別の曲のようなキラキラ感を纏い出します。その後も切ないピアノ系の音は再登場しますが、哀しいままで終わらないので希望のある締め方だと思う。


 このように一曲の中で変貌を遂げる意味深なトラックですが、この曲にはアルバムの流れを変える役割もあると思います。01.~04.でひとまとまり、05.を挟んで06.~また新たな流れが始まっていると解釈したので、ターニング曲としてこういう展開なんじゃないでしょうか。"坂"というモチーフもそれっぽいしね。

 それにしても気になるのは後半で繰り返される歌詞にないフレーズ、何言ってるんだろう?"絶対今すぐ ここの二次会(自治会?)ケミカルよ"って聴こえる。笑 6:03~6:11なんかはかなり聴き取りやすいと思うんだけどよくわらかなくてモヤモヤする。


06. Fallin' Down Album mix

18thシングルのアルバムVer.ですが随分変わりましたね。オリジナル(シングルVer.)はひたすら爽やかで昇天していくような多幸感に満ちていましたが、こちらはファンキーなベースラインが加わったことで他の曲との統一が巧く図られていると感じます。

 オリジナルはハッピーで良いけど正直曲としては面白みがないと思っていたので、こちらのVer.のほうが圧倒的に好みです。感覚的な表現ですみませんが、こちらのほうが"メビウスの罠"の中に入る感じが出ていると思う。


07. ユーフォリック / UFOholic

 本作唯一のインストナンバー。日本語だけだと"euphoric(多幸症の)"を連想しますが、英題は「UFOholic」なんですね。06.「Fallin' Down Album mix」のところでオリジナルに対して「多幸感」という言葉を使いましたが、その成分は続くこの曲に移ったなという趣。だから掛け言葉だと思う。

 これも8分近い大作で、シンプルでキュートな旋律を軸にじわじわと盛り上がりを見せる展開はまさに「ユーフォリック」。笹沼位吉のベースのいい仕事っぷりにも惚れ惚れします。

 英題から連想するイメージですが、UFOに吸い上げられて天へ向かっているような…つまり地球(重力)からの離脱的な幸せ成分を感じるサウンドです。音が近い言葉に"euphonious(耳に快い)"がありますが、その要素もあるんじゃないと思うくらい美しい。


08. トロピカル・ラヴ / TROPICAL LOVE



 表題曲でMVもあるリードトラック。MVからも伝わってきますがまさに"トロピカル・ラヴ"全開の楽園満喫ナンバーです。07.「ユーフォリック」で連れ去られて新天地に到着といったストーリーが想像でき、引き続き多幸感に満ちたサウンドで沁みわたっていきます。

 この曲にもトミタ栞がボーカルで参加(コーラス)していますが、あどけない印象だった04.「プエルトリコのひとりっ子」とは異なり少し大人になったなと感じます。"ラヴ"を知ってしまった声と表現してもいいかも。

 中盤には少しだけ暗い影を落とすようなパートがありますが、恋の予感だとかサンセットだとかそういった境界の類を表現していると捉えました。"始まり"に付き纏うちょっとした不安はある…でも幸せのほうが勝っている。そんな状態がいちばん綺麗とでも言いたげ。


09. ヴィーナスの丘 / Venus Hill

 フラメンコ(スパニッシュ)ギターが印象的な艶やかなナンバー。ボーカルに夏木マリを迎えているだけあって、歌詞も"まり"で韻を踏むという遊び心があります。夏木マリの歌声が素晴らしいのは言わずもがなですが、このお誂え向きなメロを提供した卓球のセンスの高さも流石。

 08.「トロピカル・ラヴ」の歌詞には夜を描いた一節があるものの、サウンド的には昼~夕のイメージが抽出されていたと思います。一方こちらは完全に夜の曲といった趣で、歌詞にも"ツキ"("luck"の意味もあるでしょうが)や"満天の星"が登場します。

 舞台に関しても08.は街(陸)かせいぜいビーチサイド(陸海境界)までだと思う一方、こちらは浅瀬~海中まで進んでいるように思えます。そもそも"Hill(丘)"ですし"森も満開"というのも陸っぽいフレーズなんですが、全て海中の地形及び光景のことだと僕は解釈しています。



10. いつもそばにいるよ / Stand by You

 この曲も02.「東京チンギスハーン」と同じく軽くホラー入ってます。いや、だいぶ入ってるかな。笑 ラブソングのようなタイトルですが、歌詞は"100万回襲ってくる"奴の特徴が次々と開示されるだけという実に電気らしい内容。どっしりとしたサウンドでみっちり8分近く慄けます。

 本作の中でいちばん異彩を放つ曲だと思いますが、攻撃性のあるトラックに飢えたニーズはここで満たせるのではないでしょうか。特に0:43~鳴るヒリヒリした途切れ途切れのシンセが虫の息って感じでツボ。ちょいちょいダブになるのも脳を揺らしてくれて良い。

 ここでもまた国名が出てきます。"国際線で羽田にくる ドバイ経由で来る"。誰だよ、怖ぇーよ。どうやら"ガマガエル"を"見せにくる"そうですが、01.「人間大統領」のイントロにあったような生物の声が聴こえるのも特徴ですね。勿論蛙もいます。




 以上全10曲でした。冒頭でも書きましたが、サウンドに統一性があると感じたので非常にコンセプチュアルなアルバムだったと思います。且つそれが最新の音という風ではなく、どこか懐かしいような、昔の電気に戻ったような…そんな印象を持ちました。

 それが原点回帰的に意図したものなのか、或いは異国情緒漂うコンセプトがそうさせているのかわかりませんが、2017年にこういう音が聴けるとは思っていなかったので理由はどうあれ良い意味で裏切られました。


 いちばん好きになった曲はレビュー中でも書いた通り03.「顔変わっちゃってる。」ですが、この曲を含めた01.~04.の流れが堪らなくツボだったのでこの4曲は全てお気に入りです。

 しかしそれゆえにと言いますかあくまでも相対的にですが、最初は後半の曲については10.以外はあまり印象に残りませんでした。その印象が変わったのは、このレビューを書く過程で05.「柿の木坂」をターニングポイントとして06.~10.がひとまとまりになっているんじゃないかというストーリーを見出したからです。

 これを考えると後半のほうがよりコンセプチュアルだなと思えます。特に06.~08.はまとめて一曲としてもいいと思えるほどに話の筋が見えた気がした。そうして何度も何度も通して聴いていたらいつのまにか全曲単体で好きになっていました。端的に言って名盤だと思います。




 続いては初回盤付属のDVDについて紹介しますが、例によってCDレビューが長くなってしまったので雑感で済ませます。収録されているのはライブ「お母さん、僕たち映画になったよ。」2016/03/09の模様です。

 セトリは01. Hello! Mr.Monkey Magic Orchestra/02. Fallin' Down/03. Missing Beatz/04. Shameful/05. 新幹線/06. Eine Kleine Melodie/07. Baby's on Fire/08. スコーピオン2001/09. Barong Dance/10. あすなろサンシャイン/11. カメライフ/12. TKO Tekno Queen/13. Fake It!/14. Love Domination/15. FLASHBACK DISCO/16. ジャンボタニシ/17. N.O./18. かっこいいジャンパーの全18曲。

 新しい曲から旧い曲まで幅広い豪華なラインナップですが、個人的にいちばん嬉しかったのは09.「Barong Dance(バロン ダンス)」です。スタジオ音源でも十分にトリッピーなダンストラックですが、モニタの民族的なVと合わさるとプリミティブな恍惚感がより刺激されて別次元ですね。これは「ダイナソータンク」のお陰もあるかな。

 副音声には電気の2人にサポートでお馴染み牛尾憲輔を加えた3人によるオーディオコメンタリーが収録されているので二度楽しめます。といってもあまりライブ内容に関係のない脱線トークが多めです。笑


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