君の名は。English edition / RADWIMPS | A Flood of Music

君の名は。English edition / RADWIMPS

【追記:2019.1.16】

 別の記事についたコメントがきっかけで、illion『P.Y.L』の日本語対訳を務めた網田有紀子さんのお名前を、長らくの間「綱田有紀子さん」と誤記していたことに気付きました。お詫びするとともに、文章中の誤記を訂正したことをお知らせします。

【追記ここまで】


 RADWIMPSの19thシングル『君の名は。English edition』のレビュー・感想です。映画『君の名は。』の北米公開に先駆け、主題歌4曲のEnglish ver.(英詞版)が収録されたディスクになります。

君の名は。 English edition/ユニバーサル ミュージック

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 概要だけ聞くと海外向けの盤のように思えますが本作は日本国内のみのリリースです。US盤としては『Your name. (deluxe edition / Original Motion Picture Sound Track)』が来月に出るみたいですね。


 楽曲自体のレビューはRADWIMPSのアルバム『君の名は。』(2016)および『人間開花』(2016)の記事にて既に二度も行っているのでそちらを参照してください。

 ではこの記事では何をするのかというと、English ver.ならではのポイントに絞ったレビューを行いたいと思います。具体的には元詞(日本語)と英詞の比較や、英語になったことによるメロディの変化などについてです。

 クレジットには印字されていませんが英詞を書き下ろしたのも勿論野田さんなので日本語も英語も堪能な同一人物による訳詞を比較することができるわけですが、異なる言語で表現されることにより元の言語にはなかったニュアンスが見えてくるという面白みがありますよね。


 ということで早速全4曲を見ていきましょう。基本的には、タイトルについて→メロディについて→歌詞についてという流れに沿って書いています。




01. Dream lantern (English ver.)

 まずタイトル。「夢灯籠」は直訳されドリーム・ランタンに。漢字表記が持つ幻惑的な印象は薄れましたが、これはこれでファンタジックなイメージが浮かびますね。

 次にメロディ。2度目のAメロ("Ah, I'm told that"~)は元々英語のほうが合うんじゃないかと思っていましたが、それが確信に変わりました。アレンジも直球だし洋ロック感がある。


 最後に歌詞。まず注目したいのはBメロ。元詞では"そしたらねぇ 二人で どんな言葉を放とう"とありますが、英詞ではこの"どんな言葉"がもう少し具体的になっています。

 "farthest words from 'probably'"、つまり"「たぶん」から最も遠い言葉"と補足されました。続く"消えることない約束"を補強するのだと思いますが、"言葉"に確信を付与したという感じですね。


 もう一つ補足的な意味合いで気になるのはサビの"We'll high-five love we've yet to discover"の特に"love"以降。元詞だと"ハイタッチ"の目的語は"全生命も未踏 未開拓の/感情"ですが、英語ではその部分は"we'll reach to"に続く形で出てきます。

 "high-five"するためには"reach to"していなければいけないので文意としては同じだと思いますが、二文に分けられたことで"ハイタッチ"する"感情"には"未発見の愛"というニュアンスもあることがわかりました。


02. Zenzenzense (English ver.)

 「前前前世」は(movie ver.)と[original ver.]がありますが、英詞版の元になっているのは『人間開花』収録の後者です。つまり"私たち越えれるかな"のパートもしっかり訳されているということ。


 まずタイトル。これはそのままローマ字表記できましたか。"前世"は仏教の概念なのでそのまま英語にするには難ありだからでしょうかね。一応"incarnation"という単語の訳に"前世"がありますが、これは通例(the I~の形で)"受肉"のことだと思うのでキリスト教に寄っちゃうものね。

 次にメロディ。これは日本語も英語もどちらもよくマッチしていると思います。元々英語の曲だったと言われても特に違和感がないと思えるような仕上がりは流石野田さん。特にサビの"前前前世"のメロの場所を英語でも同じにするために"君の"を"Back in the"にして調整したのは巧いですね。


 最後に歌詞。細かいなと思ったのは1番Bメロの"同じ時を吸いこんで離したくないよ"の"時"が"time"ではなく"dimension"になっているところ。映画を観た方はわかると思いますが、同じ次元に居ないとダメですもんね。

 あとは2番Aメロの"語りにきたんだよ"("to tell")の前に"I flew through dozens of skies"という一節が追加されたのがロマンチックで好きです。元詞にはない表現。


03. Sparkle (English ver.)

 「スパークル」にも(movie ver.)と[original ver.]がありますが、英詞版の元になっているのは『人間開花』収録の後者です。つまり追加された新歌詞のパートもきちんと訳されているということ。


 タイトルはそのままで特に言うことがないのでいきなりメロディにいきます。『人間開花』の記事で「『スパークル』は(movie ver.)の方が好きだ」という旨のことを書きましたが、英詞になると[original ver.]も悪くないと思いました。

 「(movie ver.)では一度しか出てこないBメロ("まどろみの中で"~)の儚さが好き」ということも書きましたが、英詞になるとケルト音楽的なアレンジが更に映える響きになるので複数回出てきても素敵だと思ったというのが理由です。特に2回目の"'incredible's"と"'unbelievable'"で韻を踏むところの格好良さよ。


 最後に歌詞。歌詞カード2ページに亘ってびっしり書かれているところを見ると英詞になっても情報量の多さは失われていないなということがすぐにわかりますね。笑

 いきなり"Caught in a never-ending game"と補足的な一節が出てきます。これは"the world"のことでしょうね。"game"と"tame"でしっかり韻を踏んでいるのもグッド。

 他に好きな英詞ならではの表記は2番Aメロの"a monotonous August morn"。元詞では単に"八月のある朝"でしたが、"monotonous"が追加されることにより直前の"kaleidoscope(万華鏡)"との対比が際立って情景がより鮮やかになっていますね。


 サビの訳詞はメロディとの兼ね合いも含めてとても好きです。"未来"が"tomorrow"と"future"の二語に分身しましたが、それにより"future"と"fate"のfスタートの韻踏みがより華麗に決まったと思う。

 なんだか韻のことばかり言っていますが、英詞4曲の中でいちばん韻にこだわりを感じたのがこの「Sparkle」なので。イメージ的にというか元詞(日本語)で考えれば「なんでもないや」のほうがこだわってそうな気がしますけど。笑

 "This life, no - all future lives"というのも巧い訳ですね。元詞の"一生 いや、何章でも"は、"一生(一章)"と"何章(何生…このような日本語はありませんが複数の一生ぐらいの意味)"の掛け言葉だと思っていますが、英詞では"life"→"lives"の単複異形でそれが表現されているのだと感じました。


04. Nandemonaiya (English ver.)

 「なんでもないや」には(movie edit)と(movie ver.)がありますが、英詞版の元になっているのは後者です。つまり(movie edit)にしかない歌詞は残念ながら訳されていません。


 まずタイトル。こちらも「前前前世」と同じくそのままローマ字表記ですね。しかし歌詞中の"なんでもないや"はしっかり"No, never mind"と訳されています。でもこれではタイトルに適しませんし、"なんでもないや"という日本語が持つニュアンスを大事にしかたったのだと思います。

 次にメロディ。これは好みの問題でしょうがこの曲は日本語のほうが断然良いと思います。サビの"タイムフライヤー", "クライマー", "クライヤー"は日本語発音だからこそ映えるのでは。"もう少しだけでいい"の繰り返しも日本語の方が切ないメロに合っていると感じる。最高潮といえるCメロも英語だと語数の多さが気になってしまいます。


 最後に歌詞。サビの元詞"君の心が 君を追い越したんだよ"が、英詞では"the part of you/Has made it here before the rest has"という日本語ネイティブには理解しにくい表現になっていますね。

 似たような表現は「前前前世」の"心が身体を追い越してきたんだよ"がありますが、こちらは"My heart overtook my body"というわかりやすい表現であったのと対照的です。

 ラストは"君"でなく"僕"に視点が移りますが、ここの訳詞"the heart of mine/Has made it here before my body"は幾分わかりやすくなっていると感じるので、表現の問題というよりは人称の問題かもしれません。



 以上です。日本語と英語では当然ながら言語の性質が違う(それもかなり)ので、訳して同じメロディに当てはめることが難しいというのは誰しもが直観的にわかることだと思います。

 しかし英語が堪能な野田さんは流石というか当然というか、文意をなるべく変えずに且つメロディの良さを殺さないという素晴らしい翻訳ができていますよね。


 どうしても語数が足りないというところは新たな単語や表現を追加して更に詞の世界観を広げる選択をしているのも実は勇気がいることだと思います。"オリジナル"にこだわる人も居ますからね。今回はオリジナルの作者による訳詞なので受け入れやすさは段違いでしょうけど。

 個人的にはこうして違いを楽しむことができることこそが翻訳の面白みだと思うので、文意を捻じ曲げず補足するようなスタイルであれば大歓迎です。たとえ訳者が異なっていてもね。

 illionの『P.Y.L』にも網田有紀子さんによる日本語訳詞がついていましたが、オリジナルと見比べる作業というのは楽しいものでした。


 既出曲の英詞版ということでコレクターズアイテム的な側面が強いディスクだと思いますが、英詞になったことにより新たな楽曲の魅力が生まれていますし、映画『君の名は。』の世界観を拡充するという意味でも良盤だと思います。