P.Y.L / illion | A Flood of Music

P.Y.L / illion

【追記:2019.1.16】

 本記事についたコメントがきっかけで、本作収録楽曲の日本語対訳を務めた網田有紀子さんのお名前を、長らくの間「綱田有紀子(さん)」と誤記していたことに気付きました。お詫びするとともに、文章中の誤記を訂正したことをお知らせします。

【追記ここまで】


 野田洋次郎(RADWIMPS)のソロプロジェクト、illionの2ndアルバム『P.Y.L』のレビュー・感想です。アルバムリリースは約3年半ぶりですが、RADWIMPSの『君の名は。』(2016)からまだ間もないのであまり久々な感じがしませんね。『君の名は。』もレビュー済みなので、よろしければあわせてどうぞ。

P.Y.L(初回限定盤)/ワーナーミュージック・ジャパン

¥3,780
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 EPでのリリースを取り止め、アルバムという形で放たれた本作、タイトルは"不老不死"を意味するらしいので、"Perpetual Youth and Longevity"の頭文字を取ったものだと思われます。

 前作『UBU』(2013)と比べると、今作はサウンドメイキングの手法が大きく異なると感じました。前作はピアノを多く取り入れているところはソロらしいとはいえ、バンドサウンドの比重も小さくはなかったので、ソロ作品という印象はそこまで大きくありませんでした。

 しかし今作はプログラミングによって制御された曲が多く、全体的にデジタルなサウンドになっています。それがDTM的というか、野田洋次郎の内なる世界観を一人で自ら再現したという感じが強いので、ソロ作品である意義が非常に大きいと思いました。

 この観点でいえば、前作でも日本語詞で和風の旋律を持つ「AIWAGUMA」「MAHOROBA」「GASSHOW」あたりは、バンドサウンドから離れた細やかで複雑なトラックであったと思いますが、和の言葉・音・旋律が強く作用していたためかデジタルな響きにはなっていませんでしたね。

 サウンドトラック(『君の名は。』)制作での経験も大いに反映されているであろう本作、ボーナストラック含む全11曲、順番に見ていきましょう。


01. Miracle

 ノイズに乗せて物悲しいピアノが鳴り響くイントロ。そんなサウンドに寄り添うように、泣き出しそうなボーカルで歌が始まります。七変化するかのように自在に歌声を切り替えることができる野田さんですが、この曲でもまた新たな引き出しを開けたなと感じました。消え入りそうな感じと力強い感じが同居していると表現しましょうか、何だか複雑な感情がのっているなと思わせる歌声です。

 演奏はノイズとピアノに加えストリングスのみという編成の曲ですが、『君の名は。』と同じく徳澤青弦さんがストリングス協力として参加しているので、ストリングスが奏でる表現の豊かさに改めて感動を覚えます。表層を色鮮やかに、深層を重厚にしていますよね。

 メロディは覚えやすく聴きやすいと思いますが、歌詞は"miracle(奇跡)"という言葉から通常連想されるようなポジティブな内容ではありません。奇跡を望むのは自由だけれど、それに応える/応えないという次元で奇跡を考えてはいけないよという警鐘と受け取りました。


02. Told U So

 illionの進化を感じる新機軸の一曲。アレンジ…トラックメイキングといったほうが正確かもしれませんが、打ち込みとサンプリングによるトラックが格好良いヒップホップ的なサウンドです。しかしラップというわけではなく、きちんとメロディがある曲。

 サビは"Like I told you so."の連呼でダンスミュージックっぽいつくり。ダブステップでよく聴くような音も主張してくる。かと思えば、"風を待ったんだ"~のパートはRADWIMPSらしいというかロックのメロディだと思うし、色んな要素が混ざっていると思いました。

 この曲大好きです。元々こういう細かくて複雑なビートのトラックは好みなのですが、最終的にはラップミュージックかIDMを着地点としていることが多い気がします。故に、普通のメロディ(それも日本語詞)がのせられているというのは僕にとって新鮮でした。ラップミュージックの遊び心とIDMの実験的な雰囲気の中間という感じで素敵です。

 ゲストボーカルとしてAimerも参加しています。Aimerの「蝶々結び」では楽曲提供だけでなくコーラスとしても参加していた野田さんですが、こうしてillionの曲でもコラボが堪能できるのは嬉しいですね。


03. Hilight feat. 5lack

 ラッパーの5lack(S.L.A.C.K.)をフィーチャリングした先行配信楽曲。こっちはラップミュージックを着地点とした納得のトラックメイキングだと思います。

 全編ラップというわけではないので適切ではない表現かもしれませんが、"Hilight my life"~のところをフックとし、野田さんと5lackが交互に登場するという構成ですね。ラップはもちろん5lackの担当ですが、フック以外の野田パートもメロディがあるとはいえラップ的な要素を持ち合わせているので、統一感は損ねていません。

 5lackのラップは初めて聴きましたが、気怠い感じがトラックとマッチしていますね。ブレス位置に戸惑うような独特のフロウがいい感じ。

 ラストで急に意表を突く綺麗なメロディが出てくるのではっとさせられます。しかしここでもきちんとライムに気を配っているのがわかるのは流石です。


04. Water lily



 全編日本語詞の先行配信楽曲。MVもあり、本作のリードトラックだと思います。タイトルの"water lily(睡蓮)"からの連想ですが、水滴が水面に波紋をつくるかのような瑞々しいイントロで静かに幕開け。途中からひずんだキックが入り、徐々にビート感が生まれていきます。

 "ヘッドライト重なり合って"~のくだりで言及されている"あの現象"を僕も思い出せなくて焦ったのですが、"蒸発(グレア)現象"ですね。車の免許を取るときに覚えたはずなのに。

 サビは逆説的な歌詞が印象的で、ストレートな日本語の裏に潜む複雑なニュアンスを巧く描写しているなと感心しました。これぞ野田節という感じです。

 2番からはビートが更に鮮明になり、曲が疾走感を帯び始めます。その勢いのままに突入するラストは、流れるようなメロディに前向きな歌詞がのり、世界が俄に色付いた感覚になります。コーラスで参加している原田郁子(クラムボン)さんの透明感のある歌声も凄く素敵で、野田さんの歌声と織り成すハーモニーに感嘆してしまいました。


05. 85


 動画はライブのものです。

 この曲もかなり気に入りまして、メロディだけならこのアルバムでいちばん好みです。英語詞がぴったりはまっているというか、シラブル言語のためのメロディといった感じで。だから中国語なんかもあうんじゃないかと思います。旋律にも少し中国的な要素があると思うし。

 トラックメイキングもちょうどいいというか、このぐらいのデジタル感がillionの世界観にはあっていると思います。02.「Told U So」や03.「Hilight」ぐらい振り切っているのも格好良いですが、野田さんの声質にいちばんマッチしているのはこういう温かみのある音ではないでしょうか。

 とにかく全体的にバランスがいいなと感じる良曲です。後半のシンセはちょっとベロシティが大きくてびっくりしましたが、慣れてくるとこのチープ感も癖になってきます。それにしても何が"85"なんでしょう。年代ですかね?


06. P.Y.L

 表題曲。再掲しますが、タイトルは"不老不死"を意味するらしいので、"Perpetual Youth and Longevity"の頭文字を取ったものだと思われます。

 トラックの細かさに比べてゆったりとしたメロディの曲。訳詞(網田有紀子)の方から引用しますが、歌詞には"永遠に生きることに"なった"君"が登場します。"僕の100時間"が"君の2秒"に相当するみたいなので、とんでもなく巨大な時間のズレが生じていることがわかりますね。

 歌詞が短いので内容を読み解く手がかりに乏しいのですが、初回限定盤のアートブック(Jaehoon Choiによるサイレント漫画)にヒントがあるのではと思いました。一切の台詞が無いのであくまで僕の解釈ですが、不老不死となった主人公が全時間軸の森羅万象を観測していくストーリーではないでしょうか。


07. Dream Play Sick

 この曲は前の06.「P.Y.L」とつながっている気がします。というか、06.から10.まではひとつの大きな流れの上にあるように思えるんですよね。アートブックの内容とリンクしているといいますか…

 全編日本語詞で、ゆりかごで揺られるようなゆったりとしたテンポの曲です。最初は静かですが、曲が進むにつれ色んな音が追加され賑やかになっていきます。この曲にも徳澤青弦さんがストリングス協力として参加していて、中盤以降は優雅なダンスを踊っているような情景が浮かびました。翻弄されているようにも聴こえますけどね。

 本作で唯一歌詞カードにタイポグラフィ的な工夫が見られます。メロディと同期するような文字の配置で、メロディが途切れる部分が空白になっているといった感じのレイアウト。


08. Wander Lust

 タイトルは"放浪癖"を意味します(通常は一語で"Wanderlust"という表記だと思いますが)。曲名に使われることも多く、僕はbjörkの曲で知っていました。

 06.「P.Y.L」と同じく、トラックは細かいビートを刻んでいるもののメロディは綺麗でゆったりしているというギャップがある曲です。

 この曲でいちばんツボだったのは間奏のコーラス。言葉にならないたくさんの想いが溢れてきそうになっているかのようです。2番ではクラップが入ってきますが、そうすると今度は楽しげな印象に聴こえて面白い。

 一旦曲が終了したかと思ったところに日本語詞がでてくるのには意表を突かれました。このパートは、"I(僕)"の必死の懇願というか、つんのめるようなメロディも手伝って切ない想いに駆られます。"You(君)"からは姿が見えていないようなので。


09. Strobo

 全編日本語詞3曲目。堀米綾さんが奏でるハープの音色がひたすら美しい、光の中に吸い込まれていくような曲です。野田さんの優しい歌声との相性が抜群で、脳内にアルファ波が出まくっているような気がする。

 光の中に吸い込まれていくと表現しましたが、もっというと昇天するような感じですね。ダイレクトに"僕も次の刹那で逝くよ"という歌詞も出てきますし、"猿"と"パイン"のくだりは輪廻転生(来世)を思わせますねよね。"僕のミタマはもげ 現から覚める"というのも割と直接的か。あとハープも天使を連想させますね。

 冒頭でも書いた通り、前作に収録された日本語詞の曲にはどれも和の要素が多く反映されているという印象でした。それには海外展開へ向けたサービスという意味もあったと思います。しかし今作では、和…つまり日本人が作っているということを旋律や音で匂わすということは特にしていない印象です。そんな中、この曲のサビのラスト、"ただ通り過ぎてくれればいいのにな"のメロディはとても日本人らしい旋律だと感じました。


10. Ace

 次はボーナストラックなので事実上のラストソングです。伴奏はピアノだけというシンプルな楽曲。サウンドとしては哀しい感じで、歌詞からは、諸行無常、諦観の念、やるせなさ…そんな言葉が浮かんできます。

 06.「P.Y.L」と同じく歌詞が短いのですが、歌詞がある部分よりも"oh"のパートこそがこの曲の胆だと思います。この"oh"に様々な感情がのせられているという感じで、ラストへかけて多層的なりそのまま幕を閉じます。


11. BRAIN DRAIN [Linn Mori Remix]

 ボーナストラックは前作収録の「BRAIN DRAIN」のリミックス。インストへと変貌を遂げていますが(ボーカルの使用はサンプリング的)、本作のサウンドにマッチしたアレンジなので違和感なく馴染んでいると思います。



 以上全11曲でした。前作と大きく異なるサウンドなので単純に比較はできないのですが、個人的にはデジタルに舵を切ったことは大いに評価するポイントです。冒頭でも述べましたが、バンドサウンドが基本であるRADWIMPSの音から遠ざかるほど、ソロでやる意義が大きいと思っているからです。野田洋次郎の世界を色んな音で見たいじゃないですか。

 あとは単純に、ダンスミュージックが好きでDTMが趣味の僕にとってこういうサウンドはどストライクだという好みの問題もありますね。本作で気に入った上位3曲が02.「Told U So」, 04.「Water lily」, 05.「85」で、いずれもダンスミュージックとして成立している曲というか、トラックメイキングが光る曲なので。

 好みの曲は前半に集中してしまいましたが、アルバムとしてまとまりがあるのは後半だと思うので、通して聴くと後半の楽曲も好きですね。特に07.「Dream Play Sick」の持つ純粋と狂気が混ざったようなサウンドには、何度もふれたくなってしまう中毒性があると思います。


 ただ、RADWIMPSの音楽もアルバムを重ねるごとに表現の幅が広がっていて、『君の名は。』は新体制のはじまりとはいえ、ある意味集大成的なアルバムでもあったと思います。そして来月にリリースされる8thアルバムでも、更に進化したサウンドを引っ提げてくることでしょう。

 つまり何がいいたいかというと、2016年のリリース作品(サウンドトラック、ソロアルバム、スタジオアルバム)も含め、今後、作品の境界は曖昧になっていくんじゃないかと思うんですよね。3人体制になったということもありますが、もうバンドサウンドだけでは自分たちの世界を表現できない域にRADWIMPS自体も突入していると思います。

 これについては8thアルバムを聴いてからだと思いますが、こうして境界がぼやけていく中でも、ソロはソロとして独自の路線をillionにはつらぬいてほしいです。今回の『P.Y.L』は、その始まりを予感させるに足る良いアルバムだったと思います。


 来月には8thアルバムのレビューも投稿すると思いますが、1年…いや半年の間にRADWIMPS関連のアルバムを3枚もレビューすることになるほどリリースラッシュになるとは思っていませんでした。嬉しい限りですね。