人間開花 / RADWIMPS + 『君の名は。』再レビュー | A Flood of Music

人間開花 / RADWIMPS + 『君の名は。』再レビュー

【お知らせ:2019.5.10】令和の大改訂の一環で、本記事に対する全体的な改訂を行いました。


 RADWIMIPSの8thアルバム『人間開花』のレビュー・感想です。ジャケットが印象的な本作は、ナンバリング上の7th『×と○と罪と』(2013)から数えると約3年ぶりと久々ですが、今夏に『君の名は。』(2016)がリリースされたばかりなので、3ヶ月程でもう新譜というお得感がありますね。



 さて、記事タイトルにもあるように、本記事には『君の名は。』の再レビューも含まれます。リンク先の内容は映画を未鑑賞の状態で書かれたものですが、今回新たに記すのは作品を観た上での感想です。

 このうち「前前前世」と「スパークル」に関しては、本作にも「[original ver.]」が収録されているので、新たな言及もその中で行います。残る「夢灯籠」と「なんでもないや」およびインストの劇伴については、本作のレビューを終えた後に続けて書き連ねるといった流れです。



 ということで、まずは『人間開花』の全15曲を見ていきましょう。今作のドラムサポートも、お馴染みの森瑞希さんです。


01. Lights go out

 本作中唯一の全編英語詞楽曲。曲名からして02.「光」の布石と位置付けるのが据りがよく、光をより際立たせるために用意された夜のナンバーだと思いました。

 流れるようなビート構築による疾走感が特徴的で、バンドらしさよりは野田洋次郎のソロ名義たるillionっぽさが優勢であるとの認識です。特に最後のサビのボーカルを細切れにしたアレンジには、illionismが宿っている気がします。

 約3分と短いながらも、今後に壮大でドラマチックな展開が控えていることを窺わせるには充分な出来で、アルバムの幕開けに相応しいと言えるのではないでしょうか。


02. 光



 MVもあってキャッチーな仕上がりゆえ、本作のリードトラックかと推測します。こちらはバンドサウンドが全開で、実にラッドらしい楽曲です。

 01.「Lights go out」の歌詞、"the stars won't blink"や、"never wished upon a star"からは、煌きを見失っている状況が読み取れましたが、それを受ける「光」では、"私たちは光った"という歌詞に代表されるように、輝いていたのは自らだといった、気付きに視点が移っているように思えます。


 しかし、言葉上のポジティブネスとは裏腹に、続く歌詞からは明確な影を感じ、中でも特に印象に残ったフレーズは、"ゴミたちの木漏れ日で"です。アッパーだけれど何処か哀しいサビメロも、ネガティブなバックボーンから来るものだという気がします。

 雰囲気の変わるCメロも好きで、"今すぐ逃げろ"と後向きの一節から始まっても、"信号はイエロー"とまだ間に合う感じを出しつつ、"輝くは一等星"と最大限の目標を掲げているところが、最終的には前向きで好みの描き方です。


03. AADAAKOODAA

 先週放送のTV番組『SONGS』でも披露されていた曲ですが、この手の毒全開のミクスチャーチューンをテレビで披露したこと自体に若干の驚きがありました。しかし、確かにこれもラッドの魅力の一側面ではあるので、わざわざ隠す必要性は何処にもないでしょう。

 放送内容をソースとするに「勢いで作り上げた」らしいですが、決して単純というわけではなく、寧ろトラックメイキングに関しては本作中でいちばん複雑、且つ遊んでいるんじゃないかと評します。全編に亘ってラップ調で展開していく楽想で、ライムとフロウの鮮やかさが癖になる。

 こういう曲は細かいツボを挙げてこそナンボだと思うので列挙しますと、サビのバックでノイジーに暴れまくっている電子音、1番英語詞パートの舌の回り方、2番の"バランスは五分五分"~のレイジーな感じ、急にメロディアスになる雄叫びのセクション("君がいないとさ"につながる部分)、この辺りはとりわけ格好良くて惚れ惚れします。


04. トアルハルノヒ

 本曲も『SONGS』で披露されていました。作り手と聴き手の関係にフォーカスした楽曲ゆえ、ファンとしては嬉しい限りです。"遥か昔から「声」だけの/幼なじみで"という表現の素敵さは、流石としか言いようがありません。

 歌詞が具体的且つ通時的に進行していくので、元となるような印象深いエピソードがあった(=熱心なファンがいた)のだろうと推測しますが、ラッドを長く聴いてきたリスナーであればあるほど、"その少女"に自分を見てしまうのは不可避です。

 作り手側の想いは、"ロックバンドなんてもんを やっていてよかった"に集約されると思いますが、番組内でも山口さんの休養の件にふれて、バンドを続けることの喜びについての言及がありましたね。これを意識すると、サビのがむしゃらなメロディが抱える熱量にも、グッとくるものがあります。


05. 前前前世 [original ver.]



 すっかりバンドの新たな代表曲となった「前前前世」は、本作には「[original ver.]」として収録されました。『君の名は。』の記事で既にレビュー済みのナンバーゆえ(正確には同曲の「(movie ver.)」をですが)、ここにはバージョンの違いによる変更点と、映画を観た上での歌詞解釈のみを載せることとします。

 先に『君の名は。』を聴いて、後に映画を観た方はあれ?と思ったでしょうが、映画で流れる「前前前世」には追加の歌詞が存在し("私たち"~のスタンザ)、それを聴けるのが本作に収録されている「[original ver.]」です。

 一次ソースたる朝の某番組を観ていないので、不正確な情報かもしれないと断っておきますが、本作用に新たに追加された歌詞の内容を新海誠監督が気に入り、映画の公開前に当該部分を本編に捻じ込んだそうで、結果として「movie ver.」と名付けられたほうが、その実そうではなくなったらしい。何にせよ、主題歌に対する強いこだわりを感じさせる経緯ですね。


 このことは、実際に映画を観て改めて歌詞にあたった今、一層胸に刺さるフレーズのオンパレードであったことに気付けたという、僕の視聴体験からも裏付けられます。"同じ時を吸いこんで離したくないよ"や、"君が全然全部なくなって"などは、本当に字面通りの意味だったのだなと納得しました。

 曲名の「前前前世」の重みも、鑑賞する前と後では段違いです。一葉が語っていたように、宮水家の人間は代々不思議な夢を見ていた(=入れ替わりの能力を持っていた)ようなので、全ては瀧と三葉の出逢いに収束させて、糸守町を護るために過去世から働いていた力だった…といった、物語の背景が浮き彫りになる良いネーミングだと評します。


06. ‘I’ Novel

 18thシングル曲で、東京メトロのCMソングとしてもお馴染みのナンバーです。歌詞カードに於けるレイアウトの話から始めますと、シングルの際には2ページに跨って歌詞が掲載されていたため、特に何を意識するでもありませんでしたが、本作では1ページに詰め込まれているせいか、その情報量の多さに改めて驚かされました。まさにノベルといった趣。

 歌詞もメロディも共に優しくほっとする仕上がりではありますが、"どっかの誰かが"~の部分では少しの毒が見られます。ただ、それでもなるべく攻撃的にはならないように配慮していると察せる、絶妙な言葉繰りである点もまた素敵です。

 それにしても、野田さん自信の「‘I’ Novel」はさぞかし濃い内容でしょうね。"僕もどれだけ遺せんだ"とありますが、既に遺しまくりだと思います。


07. アメノヒニキク

 本作の中ではいちばん好みのトラックです。前半と後半で雰囲気を大きく変えるプログレッシブなつくりが特徴で、僕がラッドの音楽に対して高い評価を下す場合は、このタイプの楽曲であることが多いと補足しておきます。

 前半は、透明な壁を隔てて幸せな向こう側を見ているといった向きの切ない内容です。"僕"がいる側は"色"も"音"もないことが示されていて、"そちら"側のユートピアな世界観とは対照的。全てが微妙にズレている(それも悪い方に)とわかる歌詞からは、別れの予兆のようなヒリヒリした空気を感じます。

 リバーブのかかったボーカルとグリッターなサウンドが幻想的な雰囲気を演出する中、時折響くドラムの激しさにも予感めいたものがありますし、2番でキックがインしてからは隔たりがより鮮明となった印象で、ボーカルのエコーが強められているところも嫌な残滓のリフレインのようです。


 "遊園地"の後のギターを合図に、ガラッと色を変える後半へと展開していきます。前半のビジョンが曇り空だとしたら、ここから愈々降雨スタートといったイメージです。"次の哀しみは何時何分?"から始まる、現実逃避じみた問いかけの連続には胸を締め付けれます。確かに幸・不幸の時刻表があれば、心構えができる分だけ余裕も生まれるでしょうが、それを知り得ないのがリアルですからね。

 悲痛な"それまでは"のリピートで空間が埋まっていくと、張り詰めていたものが切れるような感じで曲が狂気を帯びていき、クライマックスで遂に土砂降りのパートへと進んでいきます。"ザンザカザン"というオノマトペがしっくりくる、周囲が白く霞んで息苦しいほどの大雨にうたれている気分です。

 これらの要素から、曲名はナチュラルに「雨の日に聴く」だと思う一方で、本曲が「雨の日に効く」との薬効的な解釈も可能だと受け止めています。


08. 週刊少年ジャンプ

 本作の発売前に曲名が明らかになった時点では、この固有名詞をそのまま使っても平気なのかと困惑しました(歌詞中ならまだしも)。そして実際に本曲を聴いた今、アッパーなサウンドであろうとの予想に反して、しっとりと仕立てられていたことで更に戸惑った次第です。笑

 ただ、歌詞はまさしく少年漫画マインドに満ちていて、"机は窓際 君のとなり"、"未来のヒロイン"、"どんでん返し的な未来"など、健気さが涙を誘う応援ソングではありますね。つまるところは、「これから」の歌なわけです。


09. 棒人間

 『SONGS』でも披露されていた、ピアノが印象的なナンバー。"僕は人間じゃないんです"という衝撃的な幕開けから、独白形式で"僕"の気持ちが綴られます。テーマは「普通の人間とは?」だそう。

 "人間じゃない"とまでは思わずとも、誰しもが本曲の歌詞のどこかに共感できる部分を見出せると踏んでいます。全く微塵も見出せないという方は、純度100%の人間であるとお見受けしますが、皮肉にもそれでは逆に人間味に欠けるような気がします。


 ということで、"人間じゃない"と思っている要素こそが、その実人間らしさなのではないでしょうか。人間は万能ではありませんし、不完全な生き物には違いないので、こんなに否定せずとも十分人間だよ、大丈夫だよと言いたくなります。

 しかし、結びの一節が"何度も諦めたつもりでも 人間でありたいのです"であることを考慮すると、これは要らぬ心配でしょう。このフレーズはアルバムタイトルの『人間開花』にダイレクトに繋がるものだと言えるため、なかなかに重要な曲だと位置付けたいです。


10. 記号として



 18thシングル曲。09.「棒人間」からの流れで、「記号として」というタイトルが殊更に意味深長になっています。記号が人間の形を保っているものを棒人間と見做せば、これまでの人生をまさに記号として過ごしてきたのが僕だ…といった主張を読み取れる気がしたからです。

 この観点と特に関連付けたいのは歌詞に出てくる"Ace"で、今まではここでこの言葉が出てくる意味がよくわからず、ずっともやもやしていました。しかし、エースといえばトランプ、トランプといえば4つのスート、スートといえば記号(マーク)という連想を経たら、たとえば「少年A」や「村人A」などでの使われ方と同様に、匿名性を持たせる或いは個を消す役割の象徴として、"Ace"を出したのかなといった解釈が導き出せます。
 

 こう考えると、ある意味『人間開花』の対極に位置する曲のようにも思えますが、こういう生き方も人間らしさの一側面だとは言えるので、ありのままに描き出した結果ではないでしょうか。要するに、本曲は記号として生きるか否かの"究極のチョイス"を聴き手に委ねる内容だと解せるため、どう転んでも正解はないということに尽きるとまとめます。

 歌詞もメロディも演奏も格好良く、シングルでリリースされた時からお気に入りではありましたが、アルバムの中に置かれたことで更に解釈の幅が広がったので、ますます好きになりました。あとは細かい点ですが、2番の"悲嘆者の列 嗚咽の列"に於ける[tsu]のアクセントが堪らなくツボで、韻律の鮮やかさだけでもリピート不可避です。


11. ヒトボシ

 明るめの楽曲の中では、本作でいちばんの個人的ヒットとなりました。ライブレコーディングじみた始まり方ですが、イントロ部分は実際にそうなのでしょうか(リバースシンバル以降がスタジオ録音?)。判然としませんが、全編に亘ってライブらしい質感が付与されているのは確かです。

 サビの"wow wow wow"や、Aメロおよび間奏の"Yeah Yeah Yeah"など、間投詞を含むパートがまさに本曲の魅力であると主張します。これは即ちライブ映えが抜群であることを意味し、サビで大合唱になるところや、Cメロでの照明の感じまでもが目に浮かぶようです。

 02.「光」とテーマを共有している面があるとも思いましたが、こちらには開き直りにも似たポジティブさがあって、より未来志向が突き詰められていますね。

 
12. スパークル [original ver.]



 このMVは初回盤に付属のDVDにフルバージョンで収録されており、僕はこれを目当てに同盤を買いました。楽曲自体のレビューは過去に行ったゆえ省略し、05.「前前前世 [original ver.]」の項と同様に、ここでもバージョンの違いによる変更点と、映画を観た上での歌詞解釈のみを載せることとします。

 「[original ver.]」になったことによる変化量で言えば、本曲のそれは05.とは比較にならないほど大きいです。歌詞の追加と順番の入れ替えによって、曲の構成が一層鮮明になりました。「(movie ver.)」にあった長い間奏はカットされ、一度しか登場しなかった"まどろみの中で"~のパートは、新歌詞と共に再び出てきてBメロであることが、同じく一回きりの登場であった"運命とだとか"~のパートは、都合三回出てきてサビであることが、それぞれわかりやすくなっています。

 しかし、個人的には「(movie ver.)」のほうが好みでした。楽しげなBメロは一度しか出てこないからこそ、儚さの美点が際立っていたと思いますし、長い間奏で焦らされてから最後のサビで爆発するという、積み重ねの妙味がなくなっているのも残念に感じます。


 とはいえ、映画を観た後だとよりグッとくる歌詞がたくさん鏤められている点では高評価です。"互いの砂時計"、"昨日までは序章の序章"、"電車に揺られ 運ばれる朝に"、"1000年周期を 一日で息しよう"あたりのフレーズからは、種々のシーンが鮮烈に思い出されます。

 映画の中でいちばん涙線にきたのが、三葉がそうとは知らずに3年前の瀧へ会いに東京へ行く場面で、電車の中で気まずい空気になってから降り際に髪紐を渡すところでした。ここからラストまで、ずっとうるうる状態だったことを告白します。


13. Bring me the morning

 ここで短いインストナンバーが登場。曲名の通り、朝の訪れを感じさせる爽やかなサウンドで、01.「Lights go out」から続いていた夜に覆われし作品世界の流れを、一掃する意味合いがあると受け取りました。『君の名は。』に収録されていたとしても、よく馴染みそうな気がします。


14. O&O

 曲名はおそらくコーラスからきているのだと思いますが、ゴスペル的なアレンジが印象的な、実にラッドらしいラブソングです。照れ臭いほどに真っ直ぐな歌詞がひたすらに素敵。

 02.「光」ではイエローだった信号が、本曲で"青へと変わる"ことが示されているのも、13.「Bring me the morning」を境としていることの根拠になると補足します。


15. 告白

 ラストを飾るのは真摯なラブバラードで、本曲も『SONGS』で披露されていました。「大切な人の結婚式のために作った歌」であることにも納得の、想いの丈が十二分に伝わってくるナンバーです。

 ラブソングが続きますが、14.「O&O」は"僕"が主体の気付きの歌であったのに対し、こちらは"君"の存在がメインとなっているので、気付きを得た僕から君への告白といったシークエンスを読み取ることもできるなと思いました。

 もっと言えば、13.~15.は朝日を浴びて愈々人間が花開く時の音楽たち、つまりアルバムのテーマがダイレクトに反映された楽曲群であるとの認識です。ラブソングが続くのも、開花のためには、やはり大切な人の存在(=光)が欠かせないということでしょう。光の消失を描いた01.「Lights go out」から始まるアルバムの結びとしては、完璧な曲順であると絶賛します。



 以上、全15曲の大ボリューム作でした。歌詞の情報量が相変わらず多いので、言葉の洪水に呑まれそうになるのも毎度のことですが、この感覚を味わうとラッドのアルバムを聴いたなと強く思えるため、とても好きな瞬間でもあります。

 収録曲のいくつかに対しては、『人間開花』という表題に絡めた記述を行いましたが、そうしなかった曲も人間らしさに溢れている点では変わりがありません。これはもはや作詞者としての野田さんが得意とするところなので、別に本作に限った話ではないかもしれませんが、本作の主人公には長い間燻っていたタイプの人間が据えられていると感じたので、一層人間臭さを意識したのだと分析します。燻っていたと表現するとネガティブに映りますが、いずれ開花するものと考えれば蕾の状態に相当するため、そんなに腐るなよといったメッセージを投げかけられた気になりました。


 本作を初出とする曲では、07.「アメノヒニキク」がいちばんのお気に入りで、次いで03.「AADAAKOODAA」、11.「ヒトボシ」、 02.「光」が好みです。僕は毒のある曲のほうがツボに入りやすい傾向にありますが、ラブソングに弱い面も持ち合わせているので、14.「O&O」もリピート率が高くなっています。

 シングル曲および『君の名は。』収録曲のバージョン違いについても、新鮮な気持ちで聴くことができたので良かったです。特に「前前前世」に関しては、「[Original ver.]」のほうが映画に寄り添った完全版といった趣で味わい深く、一人称として"私たち"があるとないとでは、印象も大きく異なると思いました。






 さて、冒頭でも説明したように、ここからは『君の名は。』の再レビューです。二度目の言及となるため、今回は音楽的な掘り下げはそこそこにして、映画の内容と絡めた解釈に文字数を割きます。まずは主題歌4曲のうち、未だふれていない「夢灯籠」と「なんでもないや」から。映画に於いては、ちょうどOPとEDにあたる二曲です。


01. 夢灯籠

 作品視聴前のレビューでは、"雨の止むまさにその切れ間"という歌詞を取り立てて、アートワークと絡めて「境界」がテーマのひとつではないかと推察しました。視聴後の今、この言は間違っていなかったと思っています。

 御神体のところに口噛み酒を奉納しにいくシーンだったと記憶していますが、一葉が川の前で「ここから先はあの世」と説明する台詞がありましたよね。三途の川や彼岸・此岸の概念にも見られるように、川や水というのは二つの世界を隔てるものとして、非常にわかりやすいモチーフです。また、三葉と瀧が時間のズレを超越してお互いの姿を確認する感動的な場面は、作中で幾度か示されていた「かたわれ時」が重要な舞台装置として動いたことの帰結でもあるわけですが、黄昏時や逢魔時に代表されるような狭間の時間帯に霊的な力が働くというのも、感覚的に理解しやすいものです。

 これら「境界」に纏わるワードを、直接台詞にして言及させたり、背景の文字情報として黒板にさり気なく登場させたりして、極力意識に残るようなつくりにしてあったのは、とても親切な見せ方だなと感じました。


 加えて、視聴前には「円環」もテーマのひとつであると推察しましたが、これもまたわかりやすく描かれていたと認識しています。前世・現世・来世の概念を持ち出すならば、同時に輪廻転生という言葉も引っ張り出すことになるでしょうが、字面からも明らかな円環様のシステムの名ですしね。

 キーアイテムたる組紐にも円環の見方が可能で、その意味合いについては作中で詳しく説明されていたので省きますが、複数の糸を組み合わせたものを輪にして手首に巻くという行為は、つながりが永遠に続いていくことの暗示にもなります。他には、「かたわれ時」の逢瀬のシーンの舞台たる御神体のあるカルデラの縁は円環ですし、ティアマト彗星のような周期性のあるものもまた円環と言えるでしょう。


 ということで、本曲の歌詞が掲載されているページのアートワーク(新宿の交差点と鳥居の絵)は、やはりシンボリックなものとして描かれていたという理解でいいと考えます。


27. なんでもないや

 本曲の内容はずばり、危機を回避した世界で三葉と瀧が再び出逢うまでの空白期を歌ったものですよね。"僕らタイムフライヤー 君を知っていたんだ"という歌詞は、映画を観た後ではネタバレだとわかる一節ですが、観る前はあまり気に留めていませんでした。"時のかくれんぼ"や、"時を駆け上がるクライマー"などについても同じくです。

 メロディ単位でいちばん気に入っていたCメロの歌詞("君のいない"~)も、空白期の三葉と瀧のことを思うと、より重みを伴って響いてきます。

 余談ですが、2番のミュートを複数回挟むアレンジを音飛びだと認識した方が結構いらっしゃったみたいで、『君の名は。』の記事には「なんでもないや 音飛び」による検索流入が多いです。僕も「音飛びのような」と表現したのでわからなくはないですが、ノイズは制作者の意図によるものです的な文言を載せたほうが良かったのかもしれませんね。


劇伴(インストナンバー)について

 22曲から数曲を選んで雑多に言及します。映画は一度しか観ていないので、記憶違いで変なことを書いていたらすみません。


 楽曲的にいちばん好みだった12.「記憶を呼び起こす瀧」は、本編でもとても格好良い使われ方で嬉しかったです。瀧の熱意や執念といった内面の要素と、目まぐるしく変わるカットの連続という目に見える要素の、双方によくマッチしていると感じました。

 09.「御神体」も重要な場面で使われていたため、殊更に印象に残っている方も多いと思いますが、ストリングスアレンジの技巧性が映像に一層の重みを与えていて、引き込む力が凄まじかったと絶賛します。加えて、17.「御神体へ再び」が、なぜ逸るような曲調だったのかも、映画を観て理解できたのですっきりしました。


 21.「三葉のテーマ」や11.「秋祭り」など、ピアノの音色が綺麗で自分でも弾きたくなるような楽曲は、その良さを改めて再認識した次第です。映像の美麗さを正しく補助していたと言えます。

 映像とのマッチングの観点で語れば、14.「消えた町」の不穏なパッドも、映画館の音響で聴いたら余計にゾクゾクしました。「復興庁」と書かれた規制線のカットが、いやに印象に残っています。


 これらの感想は、映画を観た後に改めてもう一度『君の名は。』を通して聴いた上で書いたものですが、場面順に並べられていることと、シーンがパッと出てくるようなわかりやすい曲名であることが、振り返りの際には有難いと思いました。