宝塚歌劇団で、長時間労働とパワハラによる自殺者がでた。
詳しいいきさつはすでにマスコミで取り上げられており、ご存じの方も多いと思うので省略するが、実はこの事件をきっかけに過去に相談窓口で応対した記憶がよみがえってきた。
●華やかな舞台の裏で・・・
大阪の高級レストランの接客の求人票を持参して2 0代前半の女性が来窓。長身でスタイルも良くどこか垢抜けしており、通常の相談者とはあきらかに違っていた。
ただ、話しぶりは「若い普通の女の子」といった感じだったが、経歴を確認すると宝塚歌劇団を退団していた。実家がこちらにあり、帰省して落ち着いた環境で次の仕事をさがしたい様子。
経歴を知り、「もったいなかったですね」と話かけると、即座に
「もったいなくないです!」とやや切れ気味で声を荒げて返答された。
そんな感じで、それ以上退団の詳しいいきさつなどは聞ける雰囲気ではなかったので、その後は粛々と応募先に連絡して紹介状を発行してお引きとりいただいた。
その当時は、なにも知らなかったので、せっかく厳しい試験と競争に勝ち抜いて入団したのに本当にもったいないなと思っていたが、この度の一連の事件の報道を聞いて、本人が怒り口調で返答していたことが、なんとなく理解できたような気がした。
また、新聞によると宙組の同期8人中6人はすでに退団していると報道されていたが、早々に退団する人が多いことにも驚かされた。
長時間労働でメンタルが病んでいるときに、さらにパワハラが重なると、通常の精神状態なら耐えられたことも、取り返しができない決断をしてしまうのかもしれない。
●電通事件とは?
唐突だが、みなさんは「電通事件」をご存じだろうか? 人事・労務業務の経験者ならご存じの方も多いと思う。
1 9 9 1年、大手広告代理店の電通で長時間労働とパワハラから若い社員が自殺した事件である。(詳細を知りたければネットで検索してほしい)
遺族が会社に損害賠償訴訟を起こし、長時間労働やパワハラによる自殺というショッキングな出来事を通して、司法当局もこのままこの問題を放置してはならないという危機感をもったのか、最高裁まで審議され、長時間労働が社会問題として認識されるきっかけとなった事件である。(なお余談だが、電通はその後、管理職研修や管理体制の見直し等で是正していくと言っていたが、2 0 1 5年に再び同じような事件を起こして、若い女子社員が自殺している)
この判決以降、徐々にではあるが長時間労働の弊害が社会的に認知されるようになり、特に大手企業は長時間労働による社員の健康やメンタルを守るため、労務管理を厳しくするようになった。
国も、実質の野放し状態だった時間外労働の上限の運用を厳しくしたり、企業にストレスチェック制度の導入を義務付け社員のメンタル面でのケアを図るように法整備を進めてきた。
ただ、中小企業を含め全体を見れば、まだまだ改善途上であることは間違いない。過重労働による過労死や自死する人が無くならないのが現状だ。
今回は「芸能」という特殊な世界での話なので、経営者も「芸能」の世界では、伝統でもあり、よいパフォーマンスを出すには長時間労働や多少のパワハラもやむなしという甘えがあったのかもしれない。
長時間労働を労基署から何度も警告を受けておきながら長年放置してきた歌劇団側の責任は重い。再発防止に全身全霊をかけて取り組んでほしいところだ。
●辞めればいいのに・・・は論点が違う
こうした事件が起こると必ず
「そんなに過重労働を強いられ自殺を考えるほど苦しいのなら、さっさと辞めればいいのに」という声があがる。
確かに、私ならこんな状態で働かされたら「こんな仕事やってられるか!」と辞表をたたきつけてさっさと辞めるのだが、おそらく精神的に追い込まれている人は、そこまで考えが及ばないのだろう。
ここで辞めたら「根性無し・逃げた・負け犬」などと思われるのではないか、みんなに迷惑をかけるのではないか・・・など強い責任感や自責の念でメンタルになったり、自分を自ら追い詰めて最悪の決断をしてしまう人もいるのである。
ただ、社労士の立場で言わせていただくと・・・
従業員には様々な考え方や価値観をもったいろいろな性格の人間がいる。多様な人材がいるからこそ企業も発展・成長するのである。
重要なことは、労働安全衛生法では「事業者は快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通して職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない」と明確に謳われている。
つまり、事業者には労働者の安全配慮義務があるのに、それを果たしていなかったという明白な法律違反が存在していることにある。本来、事業所は、いろいろなタイプの社員がいることを認識して安全配慮義務を果たさなければならないのである。
法律を守れない、従業員を守れないのなら従業員を雇用する資格はない。
事業経営者は常に「従業員を守る」という認識をもち、考え方や価値観が時代の流れとともに変化していることを察知して、長時間労働やパワハラの防止に努めてほしいところだ。
こんな事件はもう二度と起こして欲しくない。