Mr.バックドロップ 後藤達俊 -125ページ目

猪木さんの付人時代

ヒールモード

オバケ話し

オバケ話しを一つ書き忘れました。


身内が亡くなると言うのは、悲しいものです。(ToT)

自分に近い人が亡くなった時、不思議な事が、起こる場合があります。(@_@;)
これは、自分の母親が、亡くなった時の事です。…

親族一同で、火葬場へ行きました。妻も息子も一緒です。その息子が、火葬場に着くなり、

『喉が渇いた!喉が渇いた!』と言って、大暴れをし始めました。(?_?)

つい先程、大人しくジュースを飲んでいたばかりなのに???

そして、ひとしきり暴れた後、急に眠ってしまいました。
起きた時、息子に聞いてみましたが、先程の事は、全く覚えてないと言うのです。
その時、ハッと気づいた事があります。
亡くなった母親は、お茶が大好きでした。 本当は、亡くなる前に、飲みたかったんだろう!?と親族で、話しました。

その後、火葬も終わり、火葬場で、皆で、食事をしている時、


よせば良いのに、姪っ子が、記念撮影と言って、携帯で写真を撮りました。o(≧∇≦o)

自分は、『止めろよ!こんな所で撮ると幽霊が写るぞ!』と言って、姪っ子を怒りました。(`□´)






そして、その夜、その言葉通りになりました。姪っ子が、オバケが写ってると写メを送って来ました。




確かに、何か得体のしれない人の顔のような物がハッキリ写ってます。(゜_゜)火葬場で写真なんか撮るからだよと再度、姪っ子を叱りました。(/--)/


自分は、気持ちが悪いので、速攻で、その写メを消去しました。



その後、姪っ子に、何も起こら無かったから、悪い霊では無かったようです。(-o-;

良かった(^-^;)

幽体離脱

場所とか時期は、覚えてませんが、九州近辺だと思います?天山とタッグで、試合をした時です。試合中盤辺りで、自分が、コーナーにいて、天山が、リングの中で試合をしている時、天山が、ロープワークをした時、たまたま、違う方を見ていて、全く見ておらず、反動で、後頭部からリング下のマットをひいていないコンクリートの所へ堕ちました(ToT)そのまま、意識を失い、控室に運ばれ、三澤トレーナーが、救急車を呼び、その間、舌が気管を塞ぎ息の出来ない状態だったので、一生懸命舌を引き出そうとしてました。その時です。意識のない筈の自分が、上から、その光景を見てるので、アレ???どうして見えるんだろう???これは、ひょっとして、幽体離脱?と言う事は、俺は死ぬのか(-o-; 何しろ息が出来なくて苦しいので、早く死んで楽にならないかなとその時、思いました。どうせ1999年に死ぬと思ってた命だしと色々、考えていたら、又、意識が無くなり…

フッと息が楽になり、気が付いたら、救急車の中でした。それから病院に着き検査をして貰い点滴を打って貰いました。普通の人なら死んでますよ!と言われ、一応、万全を期して一日入院しますか?と言われましたが、断り、宿泊先のホテルへ向かいました。ところが、去年の1月、リキプロで、長州力の椅子攻撃を受け、後頭部を切ったので、自分的には、全然、平気だったのですが、妻に、一応、病院へいった方が良いと言われたので、前、書きました、息子の同級生のご両親の病院、嶋田医院へ夜行き特別に見て貰いました…


ご主人の嶋田院長と幸恵夫人(東京女子医大の外科の女医さん)に、見て貰いました。そしたら、お二人の顔が、みるみる青くなり、後藤さん、以前、頭の骨を折った事が有りますか?と聞かれたました。覚えがないので、有りません!と言ったら、今回の物か過去の物か分かりませんが、後頭部の骨を骨折してます。と言われたので、え~?と思いました。折れた箇所が、非常に危険な箇所で、常人なら、即、手術か死んでますと言われたので、又々、???よく調べたら、今回の傷ではなく、過去の骨折で、自然治癒してます。と驚かれてました。因みに、大きな病院へ手術の手配して頂いてたようです。自分の記憶では、あの時しか考えられないので、あのヤブ医者め(-_-#) 頑丈に産んでくれた両親と嶋田さんご夫婦に感謝v(^^)v





PS…明日は、猪木さんの付人時代&ヒールモード&酒乱話しを書かせて頂きます。

プロレスラーになろうと思った理由

自分は、名古屋の名城大学を卒業して、日産サニー中部と言うディーラーに勤めました。(卒業出来ると思ってなくて、就職活動をしていなかった為、究極決めました。)高校・大学とやっていたウェイトリフティングのトレーニングは、高校時代の先生に、リングとバーベルを頂き、自宅で練習してました。そして、大学へトレーニングに行った時、大学の監督が、プロレスラーにならないか?と急に言われました。大学の先輩にあたる寛水流空手の初代会長の水谷会長からの話しだったようです。それから、大学の監督と一緒に話しを聞きに、会長の自宅を訪ねました。

寛水流空手の水谷会長の自宅へお邪魔しましたが、失敗したと後悔しました。自分が、今まで会った人の中で、一番恐ろしい人でした。(>_<)未だかつて、あの人より怖い方に会った事が有りません!例えて言うなら、戦国時代の武将のような人でした。まず、礼儀作法からミッチリ仕込まれました。少しでも間違えると東海の殺人拳と言われた会長の蹴りが飛んで来ます。(-_-;)会長宅で、亡くなられましたが、2代目の世古典代会長に、お会いしました。世古会長と世古会長の奥様には、お世話になり、大変感謝致しています。そして、現在は、3代目と吉村先生に、大変、お世話になり、寛水流には、足を向けて寝られません!話しは、それましたが、自分が、プロレスラーになろうと思った理由は、ノストラダムスです。

ノストラダムスは、ご存知と思いますが、1999年に、地球は、滅亡すると予言した人です。その頃、自分は、本を買って、信じてました!どうせ死ぬのなら好きな事をやって死のうと思い、プロレスラーになる事を決意しました。そして、プロレスラーになる為、東京へ行く日、水谷会長から、中途半端で帰って来たら、日本刀で、腕を叩き切ると言われました(@_@)本当にやる方です。しかし、どうせ死ぬと思ってましたから別段怖くは、有りませんでした。その頃、劇画のタイガーマスクが流行っており、プロレスの練習は、虎の穴のような練習だと信じてました。どうせ死ぬんだから、トコトンやってやろうと肝を据えて東京へ向かいました。

東京へ行って、道場へ着き、明日の練習は、ワニの池を泳がされるのかな?それとも、逆さ吊りにされるのかな?と緊張しながら寝ました(-_-)zzzそして、次の日の練習が始まりました!あれ?普通の練習じゃないか?確かに、キツかったけど、自分の思い描いた物とは、違いました。なんで、この練習で、どうして逃げるんだろう?別に、命に関わるような練習じゃないのに?と疑問を持ちました。後から聞いたのですが、道場に居る先輩方は、寛水流から来ると騒いでいたらしいです。だからかどうか分かりませんが、道場に居る時は、イジメられもせず、先輩方は、良くしてくれました。歳上と言う事もあったかもしれませんが…と言う事で、理由は、ノストラダムスです。しかし、騙されました。(`ε´)でも、現在、プロレスラー後藤達俊があるのは、寛水流とノストラダムスと劇画タイガーマスクのお陰と感謝してます。