どうぞくれぐれもご無理のないよう、そして被害が拡がりませぬよう祈っています。
そんな梅雨の合間をぬって…。
上野界隈を史跡巡りして参りました。
上野公園近辺は皆さまご存知の通り、多くの博物館、美術館、動物園があります。
桜の季節ともなるとお花見客でごった返してますよね。
公園内では大道芸やイベントで盛り上がったり、カフェや有名レストランもあるので寛ぎの時間を過ごす人も少なくありません。
でも…。
1868年5月15日。
この日この地で、上野戦争と呼ばれる旧幕府軍と新政府軍の戦いがありました。
その事実を知っている人は驚くほど少ないのではないでしょうか…。


弾痕の残る輪王殿(旧本坊表門黒門)。
そして⬇は日暮里駅近くにある経王寺の門。


彰義隊士を匿ったため、新政府軍の攻撃を受けたとのこと。

近辺にはこのように生々しくその当時の傷痕が残っています。
日暮里駅近くの羽二重団子。

文政二年、初代庄五郎が音無川のほとり芋坂の現在地に「藤の木茶屋」を開業し、街道往来の人々に団子を供したと伝わる歴史あるお店。
(HP案内文より抜粋。)

そして敗走する彰義隊士が着ていたものを
脱ぎ捨て、お店にあった野良着などに着替えて逃げていった、とも伝わります。
店内には上野戦争当時の砲弾が…。
槍などの武器も残されていたそうです。
上野公園に戻ります。
ご存知、西郷さんの像。

この像の前あたりが山王台と呼ばれていた場所。

眼下の黒門を突破しようと襲いかかる新政府軍にここから銃撃。
さらにフランス式野砲(四斤山砲)三門で敵に砲撃、善戦するも、雁鍋、松源、左右からも攻撃され弾薬も尽きて…。
ついに黒門、山王台ともに突破されてしまいます。
正午頃のことだったようです。
そして西郷隆盛像の裏手にある彰義隊之墓。

寛永寺子院の寒松院と護国院の住職が密かに埋葬。
⬇写真中央にある小さな丸い墓は、現在の墓を建設しているときに土の中から発見されたのだそうです。
弔うことすら憚られたなんて切ないですね…。


⬆徳川家達による彰義隊之碑。
上野散策はもう少し続きますが…。
とりあえずこの辺で…。
ではまた。
ごきげんよう~~。