「ポケモンGOに関して否定的な記事を書かれてましたが、
私は、楽しければ良いと思うんです。
何か打ち込めるものや、楽しみがあるのは、良いことではないでしょうか?」
という意見をいただきました。
私は「楽しいことは悪」「娯楽が悪」とは言ってません。
私も性格的には、楽しみ主義者です。何事も、楽しみたいと思ってます。趣味や娯楽はあります。
しかし、「楽しければ良い」という論理は間違ってると思います。
わかる方は、この論理がおかしいことは、すぐにわかると思うのですが、
最近の精神世界や自己啓発には、その風潮があるので、
改めて、なぜ間違ってるか、書いておきます。
この論理を拡大すれば
「楽しければ、何をやっても良い」になってしまいます。
楽しければ、自分に害があっても良いのか?
誰かに害を与えても良いのでしょうか?
私は自分でやってみた結果、
ポケモンGOは、脳にとっても、運にとっても、
明らかに害であると感じたので、前回の記事を書きました。
私が子供の頃に遊んだドラクエやファイナルファンタジーには物語性がありました。
喜びや、悲しみや、感動がありました。グラフィックとしての美しさもあったと思います。
物語は感性を養います。
マリオでも、パワプロでも、ストリートファイターでも、創意工夫がありました。
どうすれば、クリアできるのか?
どうすれば、もっと強くなれるのか?
って考えますからね。
考えることで思考力がつきます。
しかし、ポケモンGOは強さを競うか、
決められた枠内のモンスターを集めるゲームです。
「時間」か「金」をつぎ込んだもの勝ちです。
物語性や創意工夫性が圧倒的に少ない、
それは脳にとっても運にとっても悪い、と言いたいのです。
食の世界と似ています。
便利でおいしいように感じれば、ケミカルなものたっぷりで、
自分の体にも、子供にも、地球にも、害をもたらすものでも良いのか?
という話です。
これはゲームや食に限ったことではありません。
全業界的に、デジタル的でケミカル的な
一時的快楽に流れる傾向が強いです。
そして、それらは、これからの時代、
自らの運命を切り開く時に害になるということです。
この文脈では、運を切り開く時に重要になる力は二つあります。
一つは感性です。
善いか悪いかを判断できる心。
真実を見抜く心。
美しい醜いを感じる心。
ヘンな食べ物食べたり、
スマホやりすぎたり、マスコミの情報に染まりすぎると、感性は損なわれます。
感性は、自分の行く末を示すアンテナです。
もう一つは思考力です。
人は思考力によって、物事を創造できるのです。
どうすれば、夢や目標が実現するのか?
不可能と思える事が、可能になるのか?
イメージを具現化できるのか?
現実を知り、どのように立ち向かっていくのか?
それらに、必要なのが思考力です。
これは、運を切り開く力なのです。
今の時代、デジタル的で、感性や思考力を奪うものが多いですが、
いよいよ最終兵器的なゲームが現れた、と感じています。
私は、最近、本当に今の日本の「空気」に危機感を感じています。
町中に出ると思います。ボーっとしてスマホ触ってる人の多さに驚くのです。
高江のニュースを見ても、都知事選の報道も、相模原の事件も、本当におかしいですよ。
戦争や惨事が起こる前は、空気がおかしいのです。
美輪さんがいうように
「太平洋戦争前の空気に似ている」のかどうかは、
私は、体験したことも無いのでわかりません。
ただ、全体的に、感性と思考力が低下していく空気には
強い危機感を感じているということです。
感性と思考力を取り戻そう。
そのために、マトモな食事を。
そして、本を読もう。