以前のリクエストにお答えします。
美輪明宏さんです。
西暦1935年5月15日(76歳)
日柱:【辛卯】かのとう・28
月柱:【辛巳】かのとみ・18
年柱:【乙亥】きのとい・12
祿恍
祿石司
馳貫天
2つの「辛」は「金物」の象徴。
これは、刀・刃物。
乙は「雑草」の象徴。
「刃物」で「雑草」を刈り取るのが、この生年月日の“空気”です。
伸びようとしても、伸びない。
前に出ようとすると、止められる。
調子に乗ると、痛い目に遭う。
特に20代はそうです。
生年月日の宿命のテーマは「中庸(ちゅうよう)」。
人に情けをかけすぎると、失敗する。
情がなくても、うまくいかず。
やりすぎると、痛い目に遭う。
やらなくても、思う通りにいかない。
力が入りすぎるとダメで、
力が抜けすぎていても良くない。
何事においても、
「ちょうどよい」=「中庸」
を知ることが宿命上のテーマです。
それを知るまでは、苦労を強いられることになります。
20代は特にそうだったようです。
以下、抜粋。
※ ※ ※
『メケメケ』のヒット以降、様々な試練が美輪を襲います。
週刊誌で自身が同性愛者であることを公表したこと、
旧来のシャンソンのイメージに無い、
自ら訳した生々しい内容のシャンソンを歌ったこと
それらに対する反発もあり人気は急落する。
そんな逆風の中、作詞作曲活動を開始。
今もって美輪の主要なレパートリーとなっている
『うす紫』、『金色の星』、『ふるさとの空の下』などはこの頃、既に作詞作曲していた。
しかし、歌い手が自ら作詞作曲した歌を唄うことには
当時の聴衆からも歌謡界からも理解を得られず、レコード化すらできなかった。
美輪曰く「人様の情けに生かされた」
不遇の時代が続くと、
共に洗面器に多量の吐血をするなど原爆の後遺症に悩まされ始める。
※ ※ ※
とあります。
何度も試練に遭いながら、
人に支えられてその度に、立ち上がって来られたのでしょう。
ちなみに、東日本大震災に際して
美輪さんは以下のメッセージを寄せられています。
美輪明宏さん
「今回の大津波にあった被災地の映像を見た時、私がみたあのときの光景を思い出しました。
当時の気持ちは、『茫然自失』と言うんでしょうか。
『これで日本はおしまいだ』と...
もう100年は草も生えないともいわれてましたから。
でも、戦後日本は立ち直った。
長崎だけじゃなく、広島、沖縄、日本中が。
あの日本人の底力、復興の生命力をいうものを、
私はまざまざと思い知らされました。
(中文省略)
日本国民の一人ひとりの底力は凄いですよ。
今回被災された多くの方々もこの困難から必ず立ち直ってくださることを信じています。
これまでの実績から見ても、私はきっとそうなると確信しております」
(『女性自身』4月号より引用)
※ ※ ※
何度痛い目にあっても、立ち上がる。
何度こけても、
再びより良い未来を信じて挑戦する。
そうやって人は、「中庸(ちょうどよい)」を知るのです。
あなたが神様に愛されて幸せに開運することをお祈りしています。
羽賀ヒカル
