架空の人々~なぜ彼らは多重人格になりたがるのか~ -4ページ目

架空の人々~なぜ彼らは多重人格になりたがるのか~

自分をDIDだと思い込むみ、多重人格を演じ続ける。そんなヤツラを検証したりツッコミ入れたり。

身辺が落ち着いて来たので、ブログを再開することにした。

記事を前のブログからアメブロに移していたのだが、もう何もかもが恥ずかしい。

3年近くも前の文章を読み返すというのは苦行に近いものがある。

ネットの流行の移り変わりはとても早いので、当時の言葉遣いなども今はもう見るに耐えない。

基本的に記事は当時のままだが、あまりにあまりな部分は加筆・修正を加えておいた。


そして3年も経てば、解離性同一性障害そのものに対する認識や、

それに関するウェブサイトの在り方なども変化している。


もうなりたがりなんていないだろうなと思いながら、ネット上を徘徊してみた。

うんざりした。うんざりした、これ以上ないというほどにうんざりした。

やつらは変わっちゃいなかった。

いや、変化はしていた。確実に悪い方向に。


なぜ彼らは多重人格になりたがるのか

これがこのブログのテーマだ。

【なりたがり】の気持ちはわからないし、わかりたくもない。

けれど、このテーマについて考えることをやめられないのはなぜだろう。

『いやなら見なければいいのに』という人もいる。もっともだと思う。


けれど私は、自分の知っていることを伝えたいと思うのだ。

DID患者のことを、なりたがりのことを。その両方のことを。

知ってもらったところで、何かが変わるといった期待はしていない。

けれど、知っている以上は書かなければいけない。

妙な義務感が何の感情に由来するのか、私にはわからない。


真面目な話はここで終わる。

後は以前の通り、面白半分、興味本位、そんなふざけた調子の記事が続く。


次の記事からは、私と【なりたがりの女性】が共に過ごした日々のことを綴る。

もう少しお付き合い頂ければ幸いである。

こんなの見つけた。

>中学生の頃、妹は二重人格だった。
>なんでも、火を見ると「影羅(エイラ)」という魔族の人格が現れるそうで、
>真っ暗な部屋の中で唐突にマッチを擦っては、
>「……ヘヘ、久しぶりに外に出られた。この小娘は意思が強すぎて困るぜ(笑」
>などと乱暴な口調で叫んだりしていた。
>ある日、夕食の時に「影羅」が出たことがある。
>突然おかずの春巻きを手掴みでムシャムシャと食べ始めて、「久々の飯だぜ(笑」と言った。
>食べ物関係のジョークを一切許さない母が、
>影羅の頭にゲンコツ振り落とすと影羅は涙目になっておとなしくなった。
>それ以来、食事時に影羅が出たことは無い。
>そして別人格とやらは、妹が高校に入った辺りでパタリと出なくなった。
>最近になって、大学生になった妹にその頃のことを尋ねたら、
>クッションに顔を埋めて、手足をバタバタさせてのた打ち回っていた。

コピペらしい。
皆こうだったら更正も早かろうに。


(2005年4月)

別になりたがりを探しにいってるわけじゃないんだが。
解離性同一性障害で検索してると、やっぱりなりたがりのページがひっかかったりするもんだ。
病気についての説明がまっとうで、もしかしたらいいサイトかー!
とうかれてクリックするとものすごい人格表があったりする。
良質の情報求む、いやマジで。

そういうHPをめぐっていてふと気付いたんだが、脳内恋愛っていうのは流行ってるんですかねぇ?
検証ってほどデータがそろってないっつーか根性がないので、今回は雑記。

人格だって意思をもって独立してるらしいわけだし恋愛するのは当然だろうけど、
なんでわざわざ自分とこの脳内で。
いい女いねぇから近場ですませっかー。みたいな心情なのか、否。

異様に多い脳内ホモ設定の数はいったいぜんたい何なのさ。

無頼猫は別にゲイを否定はしません。そりゃ個人の趣味だ。
二次創作好きのDID患者だっているだろう。
だがしかし、やつらのアレは一味違う。

どう考えてもホモじゃなくってやおいだ。腐女子だ。
ものっそ耽美で儚げな人格達の織り成す昼メロ並みのドラマ。
一人の人格を巡って脳内で刃傷沙汰が起きる。ときにそれを日記にしたためたりする。なんじゃこりゃ。

治療の過程で生まれる連帯感だとかがいつしか恋愛感情に変わることは…あるんかいな。
あったとしても、わざわざ脳内で昼メロはやらんと思う。
真面目に脳内恋愛してます!って人の意見求む。

(2008年3月、以下は4月の記事)

脳内恋愛について意見を募ったところ、ある方から非常に丁寧なコメントをいただいた。
人格同士が恋愛をするというのはありえないことではないらしい。
そんなふうにお互いを信頼できるようになるのは治療の面でも生活の面でもいい影響があるのではないか。

人格同士がお互いを尊重しあいいつしか恋愛に陥る。
それだけの信頼関係を築けるのは素晴らしいことだ。
ごく稀だとしても、そういう例もあるのだと認識を改めておこう。