SNSが普及し、良くも悪くも全てが晒されるようになった。

ある意味フェアー、ある意味余裕のない時代になった。

 

 

いろんな団体が隠してきた物事が公になり、

汚かった部分や、夢のあるファンタジーの部分も

全て明らかになってきた。

 

 

何かが暴露される度に、マスコミとは違う実際の世論が

SNSで幅を利かせて、政治家までもが

それに気を使うようになった。

 

 

昔から時間に厳しい日本人が、

更に時間を重要視するようになり、

若者はYouTubeまでも倍速で見るようになった。

 

 

位置特定や行動データによって、

心の余裕を維持する怠けや誤魔化しが許されず、

若気の至りと言うべき間違いも、

過去に渡りネットに晒される。

 

 

 

まるで常にミスなしに、常に前進せよと言う様に。

 

 

 

これが時代の変化なのかなと思いながらも、

自分は老害なのかなと思いながらも、

あの頃は、許される社会で良かったなと

アナログの時代を思い出す。

 

 

 

じゃあ何故、

今まで全て出てこなかったんだろうか?

 

 

何故、

もっと真実や現実を見抜けなかったんだろうか?

 

 

 

年功序列で支配されていた社会、

学生の時代から全員が同じような教育を受け、

受験の波に乗り、いい会社に入れば安定すると言われ、

そこから外れると一気に地獄に落とされる。

これが経済格差を生んだ一つの原因だろう。

 

 

恐らくこれは元々壮大なファンタジーであり、

余裕のある一部の人々に

社会をコントロールされていた証拠で、

社会に余裕がなくなった途端、

当然、わかりやすく崩壊し始める。

 

 

 

年金、後期高齢者負担、少子化等。

そう、当然社会の弱い部分から被害が出始める。

これは陰謀論でも何でもない事実である。

 

 

 

実質の労働力が低いと言われる日本。

世界最高水準から既に落ち、下がり続けている。

もちろん、情報により化けの皮が剝がされていくのだから、

日本円は更に下がって行くだろう。

 

 

 

これを恐らく「未来が無い」と言う。

 

 

 

これを解決するには新しい技術や将来の展望で、

新しい投資を受けて価値を上げて行き、

再び壮大なファンタジーを作り出すか、

 

 

もしくは今おそらく向かっている、

完全に個人主義で経済を作り上げるしか

方法は無いのだろう。

 

 

 

まるで個人店舗が集まった

商店街を作り直すように。

 

 

 

「全てがフェアな社会と、

もしくは言葉が多くなくても、気持ちが通じ合う社会、

どちらが進んだ資本主義国家なんでしょうね。」

 

 

どこかの学者さんがテレビで言っていた言葉を思い出す。

 

 

 

これが私が最近よく思う社会のジレンマである。

 

 

 

どんな社会でもいい、

ただ、このままでは優しさが欠けていると思う。