正しい正しくない、
良い悪いで物事を判断せず、
好き嫌いで判断して
優しさがある選択をしたいと
いつも思う。
正しい正しくないとか、
良い悪いとか、
それは実は場所や時代に
左右される可能性が高い価値観。
人を殺める事さえ、
歴史上のその時期では容認されたりする。
所詮、誰かがその立場でその時期に
判断した考え方。
つまりそこまでそれは判断においては
実はあまり意味のない価値観。
親に植えつけられる価値観も
個人的な価値観で同様。
ただ、その常識的価値観を
完全に無視は出来ない。
団体行動たる社会に参加している以上、
そのルールを守る事は、
義務とは思わないが、
多少なり守らないとリスクは伴うから。
自分の目的の脚を引っ張らない程度には
頭にあったほうが損はしない。
とはいえ、何でも物事を
良い悪いで人を批判している世の中の
流れ。
その根底にある「思い」を
忘れてはないだろうか。
それは愛や優しさから来るものが
ほとんどであり、
その「思い」を無視するのは
どうもいただけない。
断罪や処分をする事は簡単だが、
優しさまで、分断してしまうのは
本当にみんなが望む世界なのか。
何時も思う。
理屈は正しい、間違ってはいない。
でも果たしてそれが幸せとは思わない。
もっと優しさを残したい。